今回の動画は、「暗殺された大統領は、全部イギリスが犯人なのか?」ということで、やっていきたいと思います。
1、はじめに
うちのチャンネルでは、現在のトランプ政権のイラン戦争を全て「イギリス潰し」が目的だと決めつけて、動画を作成しています。

しかし、こんな乱暴な決めつけをしていれば、見ている人は当然「陰謀論」だと思うでしょう。そういうコメントもたびたびいただきます。
なので、今回はアメリカの歴史、特に大統領の暗殺の歴史について、全員分検証していく中で、「イギリスと付き合うと碌なことがない」と思っているアメリカ人がたくさんいるのは、全く不自然ではないことを解説します。
おそらく、この動画を見れば、現在のトランプ政権のやってることが、もっとハッキリと理解できると思います。
それでは、参りましょう。
2、任期途中で死んだ大統領の一覧
まずは、任期の途中で死んでしまった大統領をまとめて見ていきましょう。
今期トランプは、第47代の大統領ですが、建国250年の間に、暗殺や病死?とクエスチョンマークがつくケースは、8人と2割近い確率となっています。

また、暗殺未遂も結構あって、2024年の大統領選挙でもトランプは2回やられそうになりましたし、レーガン大統領もそんな目にあってます。
それで、これらのリストを見ると、ハッキリわかるのが、ホイッグ党や共和党という、いわゆる保守政党の大統領の任期途中での死亡が圧倒的に多いということです。
しかも、第二次世界大戦前までで見ると、6人全て保守政党です。これはいくらなんでも異常すぎますよね?
保守政党というのは、アメリカファーストの大統領ということなので、それが気に入らない勢力による仕業と考えるのが、自然でしょう。
私が、イギリス犯人説を唱える、大きな根拠がこれです。

そして、もう1つの根拠が、任期中に死んだ大統領8人のうち7人が、直前の大統領の政党が対立政党だということです。
例外はガーフィールドだけで、他はすべて共和党大統領が暗殺された場合には、その直前が民主党になってて、民主党大統領が暗殺された時には、直前の大統領が共和党でした。
ここから予想できることは、それまで悪政をやっていた大統領と、多くの場合において、その裏にいたであろうイギリスとそれとつるんでたアメリカのグローバリストが、やりたい放題ができなくなったために、次の大統領を暗殺したという可能性です。
では、なぜ特にホイッグ党、そして共和党の大統領が、これほど暗殺されたのでしょうか?その理由の大きな部分を占めるのが、関税です。

こちらは、アメリカの1820~1960年頃までの関税率の推移ですが、紫色の矢印と大統領は、全て民主党です。
それに対して、赤字の矢印と大統領は、共和党で暗殺された大統領です。
ご覧の通り、民主党の大統領は、だいたい関税の引き下げをやっているのに対して、ホイッグ党、共和党は引き上げています。
アメリカの保守政党は、伝統的にイギリスからの安い製品が入ってくることで、国内産業が壊れないように、保護関税を採用してきましたが、黒人奴隷をこき使ってイギリスに綿花を輸出してきた南部の民主党は、関税率を引き下げた方が、お得意先のイギリス様が綿花を買ってくれるので、イギリスの手先だったんですね。
このことからも、アメリカのリベラルがいかに頭が悪いのかも分かりますね。
黒人奴隷をこき使ってきたのは、民主党なのです。なのに、白人は人種差別だ!と騒いでいるのは、頭がイカれてるとしか思えません。
いやいや、お前らの政党が歴史的に人種差別政策をとってきたんだよ!それを反省もせずに、白人ガー白人ガー!って言ってるのって、どうやったらそこまで頭が悪くなれるの?というわけです。
多分、教師の多くがリベラル系なのでしょうから、高校までの歴史で、こういうことを教えてこなかったのでしょう。
3、個別の任期途中で死んだ大統領の死因を検証
というわけで、ここからは個別に、どんな大統領がどうやって暗殺?されていったのか?について、見ていきましょう。年代順に行きます。
(1)ウィリアム・ヘンリー・ハリソン
まず一人目が、ウィリアム・ヘンリー・ハリソンです。

在任期間は、1841年3月4日から、4月4日ということで、就任わずか31日で亡くなった大統領です。
もうこの時点で、やばいですよね。
では、ハリソンはどんな政策をやろうとしていたのか?というと、就任演説の際に、大きくは3つのことを言ってます。
1つ目は、合衆国銀行の再建です。当時のアメリカは、合衆国銀行を一時的に作っては、期限が切れるとやめてを2回繰り返していました。
合衆国銀行があると、統一したルール、特に民間銀行が金を擦りすぎないように規制ができるので、民間銀行が金を貸しまくって、バブル崩壊で経済が混乱することを防ぐことができます。
その一方で、第一、第二の合衆国銀行は、欧州の投資家から出資金を募っていたので、海外勢力にアメリカが乗っ取られるのでは?という批判や不安がありました。
なので、民主党は国立銀行反対派が多く、初代民主党の大統領だったアンドリュー・ジャクソンも合衆国銀行に反対して、閉鎖しています。
しかし、当時の民主党の政策というのは、今で言うところの、自由主義経済です。関税を下げて、中央銀行の規制を弱め、民間銀行の好きにさせるようなものだったので、海外から金もモノもどっと入ってきました。
その結果、1834年から36年までは、バブル経済で潤いましたが、37年から金融恐慌が起こりました。
つまり、ジャクソン民主党政権は、小泉竹中みたいな政権だったのです。
だからこそ、ハリソンは、海外からの影響を抑えるために、金融規制を強めることができる合衆国銀行をもう一度作ろうとしたわけです。
2つ目は、奴隷制については、各州の判断に委ねると言うモノでした。
1840年代の当時は、北部の州では黒人奴隷はほとんどおらず、奴隷制が活発だったのは、南部民主党の州でした。
なので、一つの国に、全く違う制度があったわけですが、これを強引にどちらか1つのルールにまとめようとすると、国が分裂してしまいます。
そのため、州ごとに任せるとしたわけです。
そして3つ目が、大統領の権限を弱め、多くを議会の判断に委ねると言うことです。当時ハリソンは68歳と高齢だったため、任期は1期のみにするし、大統領が使える拒否権も乱用しないと宣言しました。
あまり、連邦政府が力を持つよりも、議会で合意を作った方がいいと言う判断だったようです。

それで、こんなことを言っていたハリソンでしたが、在任期間はわずか31日と、たったの1ヶ月で死んでしまいました。
死因は、当時、就任式の時に悪天候なのに薄着で演説したからだ、とか、なんとも白々しい理由が言われていました。
しかし、2014年の研究によると、腸チフスによる敗血症性ショックの可能性が高いと言うことです。
これは、当時のワシントンD.C.は、下水道が整備されておらず、ホワイトハウスの飲料水に汚水が混じっていた可能性が高いと言うことです。
しかし、この理屈だと、それより以前の大統領8名が、何の病気にもならなかった説明がつきません。なので、個人的にはこれは相当怪しいと思っています。

では、もし暗殺だったとしたら、その理由は何だったのでしょうか?
それはおそらく、合衆国銀行の設立を民主党が邪魔したかったのでしょう。
先ほど、初代民主党大統領だったアンドリュー・ジャクソンが、合衆国銀行の存続に反対して、第二合衆国銀行を廃止したと述べましたが、
たったの1ヶ月で死んだハリソンの後を継いだ、ジョン・タイラー大統領が、議会で合衆国銀行の設立を可決したのに、なんと2回も大統領権限で拒否して、まるで民主党の手先みたいなことをやってしまったのです。
そのため、タイラー自身もホイッグ党を除名されています。
つまり、ハリソンを暗殺して、次の大統領を脅して、合衆国銀行の設立を邪魔したとしか見えないのです。
このような不自然さがあること、わずか1ヶ月で死んだことなどを考えると、イギリスが絡んでいる可能性は、当時の資料から探せませんでしたが、民主党が絡んでいる可能性は、ほぼ100%ではないかと思います。
(2)ザカリー・テイラー
2人目は、ザカリー・テイラーです。

この人は12代の大統領で、政党はホイッグ党です。在任期間は、1849年3月から1850年7月までの、約1年6ヶ月になります。
テイラーは、南部出身の軍人で、奴隷も80人ぐらい抱えていました。彼は生粋の軍人で、大統領選の直前まで、米墨戦争で指揮を取ってた少将でした。
なので、大統領選挙にも、ホイッグ党としてではなく、当初は独立派として立候補していましたが、最終的に説得されて、ホイッグ党からの立候補となりました。
そのような経緯があったため、ホイッグ党からも南部の民主党からも期待されていたようで、大統領選挙では見事勝利を勝ち取ったと言う経緯があります。
それで、テイラー政権当時は、西部で金鉱が見つかってゴールドラッシュが始まっていたことと、米墨戦争が終わって、領土が拡大そして、人口が西へと移動していた時期です。
そのため、アメリカ西部を自由州として独立させるべきだとか、自由州にするなら、奴隷制度を受け入れさせて、南部民主党の勢力を西にまで広げるべきだとか、そんな話で揉めていました。
しかし、テイラーは、西部の州を奴隷州にしなように工作し、自由州として独立を承認したり、合衆国銀行の再建も考えていたため、南部民主党からは邪魔ものとして見なされていったようです。
それで、テイラーは、1850年7月4日の独立記念日の式典で、アイスミルクとさくらんぼを食べすぎて、お腹を壊して、そのまま逝ってしまったとされています。

しかし、テイラーの死は、暗殺だと多くの人がその後騒いできました。
大きくは3つあって、
1つ目は、1881年、死後31年たったのちに、ジョン・ウィンガムがNYタイムズに南部連合の大統領になったジェファーソン・デイビスが犯人だという論説を投稿しています
2つ目は、1978年にハミルトン・スミスが、食中毒というのは不自然だとして、暗殺説を唱えました
そして3つ目が、1980年代後半で、クララ・ライジングという学者が、遺族の了承をもとに、墓を掘り起こして、ヒ素の検査をしたものの、検出されなかったという出来事もあります。
先ほどご紹介した、ハリソンからテイラーまでの期間において、ホワイトハウスの飲料水の衛生環境は改善しておらず、水道の改修工事が行われたのは、1851年です。
なので、最近の記事を見ると、ホワイトハウスの飲料水で当たったと見ている人は多いようですが、そうするとやはり、ハリソン以前の8人の大統領が当たらなかった理由が説明できませんので、やはりここにも怪しさが残っていると思いますね。
(3)エイブラハム・リンカーン
3人目は、みなさんご存知の、エイブラハム・リンカーンです。

リンカーンは、第16代の大統領で、ホイッグ党を引き継いで、共和党となってからの初めての大統領になります。
任期は、1861年3月から1865年4月までの、4年1ヶ月です。2期目に入って、すぐに殺された大統領になります。
リンカーンは、日本ですと南北戦争の時の大統領、そして奴隷解放宣言を出した人、そして銃で暗殺された最初の大統領としても、有名だと思います。
犯人は、ジョン・ウィルクス・ブーストいう南部の諜報機関に所属していた人間で、これがモロにイギリスと組んでいたので、イギリスがリンカーン暗殺に100%関与していたと考えられます。

そもそも、この南北戦争というのは、イギリスが南部を独立させるための代理戦争だったという側面が強いです。
南北戦争前の欧州は、南部の綿花を大量に輸入しており、イギリスは綿製品の77%を米国製の綿花で作っていました。
そのため、リンカーンが関税を引き上げたことで、南部は綿花の輸出が難しくなり、イギリスも経済的に大打撃を受けるため、イギリスは南部を支援して、分裂させようとしたのです。
具体的には、
①アラバマ号という戦艦を作って、北軍の船舶を焼き討ちして、貿易を邪魔しました
②火薬工場の建設支援を行い、南部が自前で武器を作れる体制を整えました
③欧州各国を誘って、南北戦争が始まった1861年に、カナダ、キューバ、メキシコに大量の兵士を駐留させて、いつでもアメリカに攻め込めるように準備を整え、威嚇してきました
などです。
この辺の話は、赤枠で囲った、こちらの動画で、詳しく解説してます。
それで、リンカーンは、ジョン・ウィルクス・ブースによって暗殺されたわけですが、その後ブースは射殺され、他に共謀者として8名が逮捕され、そのうち4人は絞首刑になってます。
それで、これらの共謀者のうち数名は、南部の諜報機関に所属していて、1864年から、カナダに拠点を作って活動をしていました。

リンカーン暗殺の前年の1864年にも、リンカーンの暗殺・誘拐作戦が計画されていましたが、これもカナダに拠点ができたからこそ始めることができたのです。
では、当時のカナダとはどんな国だったのか?といえば、これはもう完全なイギリス領でした。
今もイギリスの植民地みたいな、自分で頭を使わないどうしようもない国ですから、当然といえば当然ですが、イギリスが南部を支援し、リンカーンの暗殺まで手助けをしていたわけですね。
なので、南北戦争とリンカーンの暗殺というのは、イギリスがその本性を表した出来事だったと言えるでしょう。
(4)ジェイムズ・エイブラム・ガーフィールド
4人目は、ジェイムズ・エイブラム・ガーフィールドです。

ガーフィールドは、第20代大統領で、政党は共和党で、在任期間は1881年3月から9月までの、わずか6ヶ月でした。
当時の共和党は、コネ採用の「ストールワーツ」とコネ採用反対派の「ハーフブリード」に分裂しており、ガーフィールドは、このコネ採用反対派のハーフブリードに担ぎ上げられて、そのまま当選してしまった感じの大統領でした。

では、このガーフィールドがなぜ暗殺されてしまったのか?というと、チャールズ・ギトーというイカれたおっさんの逆恨みだったようです。
このギトーというおっさんは、いろいろな仕事を転々としてたものの、結局うまくいかず、横領やら不倫やら、盗作による出版やらで、手癖も素行も悪い、イカれた人だったようです。
それで、一発逆転として、猟官活動を行おうということで、共和党の候補者を支援して、そのお礼に官職をもらおうとしたのですが、
ガーフィールドが、そういうのが嫌だということで、そういう人たちからの要望を断りまくっていた中に、ギトーも入っていて、逆恨みして銃をぶっ放したという話のようです。
また、ガーフィールドの前の大統領も共和党出身が2人続いていましたし、南北戦争でイギリスを大嫌いになったアメリカ人がたくさん生まれたはずなので、その手先で敗北政党である民主党が政権を取れる状況にもありませんでした。
なので、イギリスがここで暗殺したところで、何が変わるわけでもなかったということで、ガーフィールドに関しては、イギリスの関与はなさそうだと思いますね。
(5)ウィリアム・マッキンリー
5人目は、ウィリアム・マッキンリーです。

マッキンリーは25代目の大統領で、就任期間は、1897年3月~1901年9月までの4年6ヶ月です。
トランプは、大統領選挙の頃から、たびたびマッキンリーの名前をあげながら、関税を引き上げるという発言をしてきましたが、まさにマッキンリーは、保護貿易、関税引き上げを行った大統領で、イギリスからは酷く嫌われていました。
なので、イギリスは、無政府主義者を育てて、テロ作戦へと向かわせた可能性が高いと思っています。
マッキンリーは、1901年9月に、無政府主義者のレオン・チョルゴッシュに銃撃され、亡くなりました。

では、このチョルゴッシュとは何者なのか?というと、ポーランドから来た移民なのですが、同じく無政府主義者のエマ・ゴールドマンという女性の影響を受けて、暗殺を行ったと言われています。
そして、エマは、暗殺に関与していると疑われて逮捕されましたが、のちに釈放されています。なので、エマは、証拠不十分だったものの、相当怪しい人物だったのです。
1900年前後の当時のイギリスは、無政府主義者が活動しやすい環境にあり、各国のやべえテロリストが情報交換などをして、ネットワークを作っていました。
そして、エマは、1899年にロンドンに行って、これらの人たちと交流しています。
イギリス政府の関与を示す証拠はありませんが、そんな碌でもない、働きもしない人間が、どうやってロンドンで活動し、生活ができていたのでしょうか?
おそらく、金持ちや政府の支援なしには無理だったはずです。

それで、以前にこちらの動画でロシア革命は、イギリスが共産主義を広めていったことで、ロシアを不安定にさせ、共産主義革命を起こした模様を解説しました。
この動画を作った時に感じたのですが、イギリスという国は、共産主義だけでなく、無政府主義、イスラム過激派、ポリコレなどなど、社会を混乱させる思想を作っては、広めていくという、テロ輸出国です。
なので、マッキンリーの暗◯が無政府主義者だったという事実はこういった観点から見ると、イギリスの仕業説が濃厚になってくると思いますね。
(6)ウォーレン・ガマリエル・ハーディング
6人目が、ウォーレン・ガマリエル・ハーディングです。

ハーディングは、29代大統領で、政党は共和党。在任期間は、1921年3月から1923年8月までの2年5ヶ月でした。
ハーディングの前の大統領が、ウィルソンという、民主党で第一次世界大戦にアメリカを引きずり込み、ドイツの経済封鎖をやって何十万人も餓死させて、しかも政府機関において、白人職員と黒人職員の作業スペースや食堂、トイレを分けるといった、人種差別政策を推し進めていたという、リベラルの名を騙った極悪人でした。
そのため、当時のアメリカは、もう民主党はいいよ、国際連盟とかいう、嘘くさい組織にも入んねえよ、
ということで、普通の政治に戻ろうという機運が広がっていました。
ハーディングは、そんな中で正常化を目指すための大統領として、共和党から立候補し、当選したのです。
ただ、ハーディングの死亡は、調べた感じ、残念ながらイギリスや民主党の影響はなさそうでした。
ハーディングの死因は心筋梗塞か肺炎と言われていますが、司法解剖をフローレンス夫人が拒否したため、憶測でしかありません。

また、夫人による毒殺説も出てましたが、1919年から心臓病の自覚があり、1923年6月から全国ツアーを開始したのですが、ゴルフコースを6ホールしか回れない日があるなど、旅行中の大量悪化の姿が、メディアや関係者によって知られていました。
さらに、このフローレンス夫人は、大統領顔負けの社交好きで、政策にも色々と口出しをしたがる人で、新聞社の経営もハーディングよりもうまくやっていたという、かなりのやり手の奥さんでした。
ハーディングの浮気は相当ひどかったそうですが、大統領時代にいろいろと好きなことができていたのに、それを途中でやめることを意味する毒殺を選ぶとは到底思えませんでした。
それに、夫人も翌年、持病の腎臓病が悪化して死亡していますので、暗殺の可能性はなさそうに思います。
(7)フランクリン・デラノ・ルーズベルト
7人目は、フランクリン・デラノ・ルーズベルトです。

ルーズベルトは、32代目の大統領で政党は民主党です。
在任期間は、1933年3月から1945年4月までの12年1ヶ月でした。
1929年のアメリカ大恐慌後の最初の大統領選挙で当選以降、大事に世界大戦もあったので、4期目までやりましたが、4期目はわずか1ヶ月で死亡して、トルーマンへ引き継ぎました。
それで、私は以前は、ルーズベルトは民主党だし、39歳の時にポリオにかかって車椅子の大統領になったため、4期目で死んだのも病死なんだろうなと思っていました。
ところが、いろいろと調べてみると、これはイギリスがやったという確率が非常に高い、というか、個人的には100%イギリスがやらかした案件だと思っています。

理由は大きく2つあって、
1つ目は、ルーズベルトは戦後の体制をチャーチルとスターリン、そしてルーズベルトの3人のマンパワーで管理しようとしていた節があるということです。
第二次世界大戦が終わる直前の、1945年2月にヤルタ会談で、これら3人が集まって、戦後の世界秩序について話し合われたのですが、この時にルーズベルトは、中国を現在の共産党ではなく、蒋介石の国民党に支配させることを決めていました。
これが実現するには、共産主義を世界中に広めたいスターリンをビビらせるしかありません。ルーズベルトは、ドイツも日本も容赦なくぶっ叩きましたが、これで俺を怒らせたら、何するかわからねえぞと、橋本真也ばりの威嚇をして、スターリンを押さえ込もうとしていました。
1970年代にニクソン訪中やペトロダラー体制を作った超大物外交官のキッシンジャーは、「世界秩序」という本の中で、ルーズベルトを国家間の関係をトップの人間関係で安定させようとした人物と評しています。
なので、自身の健康問題に不安があるならば、こんなスターリンをビビらせて世界秩序を維持するという、ヤルタ会談の合意内容を作るわけがないだろうというわけです。
そして2つ目が、副大統領のトルーマンを第二次世界大戦の作戦から外していて、しかも、引き継ぎを何もしていなかったということです。
もしルーズベルトが、自身の健康問題を危惧していたのであれば、副大統領のトルーマンに対して、世界大戦におけるアメリカの作戦にもっと関わらせていたり、引き継ぎを行なっていたでしょう。
ヤルタ会談の内容も、原爆開発のマンハッタン計画についても、何も知らなかったのは、どう考えても、おかしいですよね。
それが全くなかったために、トルーマンはルーズベルトの死後、あたふたしっぱなしになりました。もし、自分の死期が近いと考えていたのであれば、こんなことをするわけがありませんよね。
なので、イギリスによる暗殺だったろうと思います。
というのも、ルーズベルトは、チャーチル、というかイギリスの植民地主義が大嫌いだったからです。

植民地主義を続けようと思っていたイギリスに対して、あいつらのバカさ加減は、死ななきゃ治らなそうだから、ドイツの工業地帯を全部農地にして、三流国に蹴落としてしまおうぜ!と、財務長官のモーゲンソーに、モーゲンソープランを作らせたほどです。
そして、ルーズベルトが死んでいなければ、冷戦も起こりませんでした。
スターリンはビビっていましたし、ルーズベルト政権はソ連と仲が良かったし、中国は共産党ではなく、国民党が支配するはずだったからです。
しかし、イギリスはそれが気に入りませんでした。なので、チャーチルがルーズベルトを暗殺し、トルーマンを脅して、冷戦へと突入させたのでしょう。
(8)ジョン・F・ケネディ
8人目は、ジョン・F・ケネディです。

ケネディは、35代大統領で、政党は民主党です。
在任期間は1961年1月から1963年11月までで、期間は約2年10ヶ月です。
最年少で初のカトリック出身の大統領で、キューバ危機やソ連との冷戦が、最も激化した時期に大統領を務めました。
ケネディの暗殺は、これまで様々な疑惑が語られてきましたが、いずれにしても、リー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯である可能性はないと見ている人が多かったと思います。

そして、JFKの甥っ子で、現トランプ政権で保健福祉庁長官であるロバート・F・ケネディJr.は、CIAの関与の可能性が高いと話していました。
では、仮にCIAが関与していたとすると、考えられる理由はなんでしょうか?
それはおそらく、
①ソ連と仲良くしようとしていたこと
そして
②ベトナム戦争に反対していたこと
の2つが挙げられるでしょう。
この後を継いだリンドン・ジョンソン大統領になって、ベトナム戦争にアメリカが参戦し、泥沼の戦争へとはまり込んでいきましたからね。
これらの2つの理由は、いずれも冷戦構造の解消につながります。
冷戦構造が崩れることを望んでいなかったのは、イギリスですので、CIAとイギリスの思惑が一致したということだろうと思います。
では、なぜイギリスが冷戦構造を必要としていたのでしょうか?
その理由は、アメリカに寄生するためです。

チャーチルは、イギリスの国力低下とアメリカが覇権国になることを見越して、アメリカにすり寄るために、常に英米のエリートを洗脳し続けてきました。
1943年にハーバード大学でチャーチルは講演したのですが、その時にこのように語っています。
「私は、イギリス人とアメリカ人が互いの広大な領地を自由に行き来し、互いに外国人であるという意識をほとんど持たない姿を想像するのが好きだ」
以上です。
これってつまり、今のEUみたいなものでしょう。
では、アメリカとイギリスがEUのような関係になったとしたら、誰が統治するのでしょうか?それはもちろん、英米のグローバリストです。そして実質的には、イギリスが占領したいということなのでしょう。
また、1955年4月に首相を辞任した時にも閣僚にこのように伝えています
「アメリカ人と決して離れてはならない」
以上です。
アメリカが嫌だ嫌だと振り解こうとしても、しっかりと捕まって寄生して、乗っ取ってやれと言い残していたわけですね。
そして、これは今の今まで続いています。

6/9に、第1期トランプ政権でCIA長官を務めた、マイク・ポンペオが、元MI6長官だったアレックス・ヤンガーが死んだことを受けて、追悼文をXに投稿していました。
その内容を一部抜粋しますと、
「彼(アレックス長官)は私が承認された日にラングレーに飛んできて私に会いました。私たちは私の就任後最初の数週間で、英国で二つの上級チームを集めて計画・調整・構築を行い、彼ら全員にこの関係が特別なもの以上のもの――私たちの二国間の安全保障にとって不可欠なもの――であることを明確にしました。」
以上です。
第1期トランプ政権では、就任前から、大統領選挙でロシアから支援されてただろ!とういことで、ロシアゲート事件がでっち上げられましたが、これをやったのが、このMI6です。
このロシアゲート事件の根拠となったのは、スティール文書という調査報告書なのですが、これを作ったのが、元MI6の工作員のクリストファー・スティールでした。
思いっきりトランプ政権を邪魔しようとしていたMI6が、マイク・ポンペオが就任した当日に、CIA本部のラングレーに来て、あれやこれや悪巧みを始めたというわけです。
つまり、CIAとMI6というのは、ズブズブなのです。ということは、CIAがアメリカで何かやらかすということは、それはイギリスの意向を受けてのものである可能性が高いということでもあるわけです。
なので、JFKの暗殺がCIAによるものだったとしたら、その裏にはイギリスがいたであろうことは、間違いないだろうと思いますね。
ちなみに、トランプも大統領選挙中に2回暗殺未遂がありましたね。

2024年7月のペンシルバニア州バトラーで起こった銃撃事件では、不審点がいっぱいありました。
①なぜ、選挙集会の会場に銃を持って入れた?
②なぜ、絶好の狙撃地点を警備しなかった?
③なぜ、実行犯のスマホデータを速攻で消去した?
などなど、単独犯ではなく、CIAやFBIなどの、当時のバイデン政権の関与が濃厚な事件でした。
当時の労働党は、民主党のカマラ・ハリスを応援するために、労働党のスタッフ100名を選挙活動にボランティアとして派遣してもいましたので、完全に民主党支持を鮮明にして、しかも選挙干渉まで堂々と恥ずかしげもなくやってました。
なので、トランプ暗殺未遂にCIAが関与していたのであれば、その裏にはやはりイギリスも控えていた可能性が十分にあると言えるでしょう。
4、イギリス犯人率をまとめ
というわけで、ここまで8人の大統領+トランプの死亡の真相について見てきましたが、イギリスが関与していたかどうか?について、思いっきり主観でつけた採点表がこちらになります。

初期の大統領のハリソンやテイラーは、残っている資料も少ないため。イギリス犯人率は50~60%ぐらいかなと思います。
この時期は、民主党の大統領といえども、1812年の英米戦争などでイギリスとガチンコで戦争した経験のある人も結構います。
例えば、初代民主党大統領のジャクソンは、イギリス兵に兄と一緒にボコボコにされ、兄は死んでジャクソンは一命を取り留めてますが、のちに母親も兵士の看護をしている最中にこれらにあたって死んでしまいました。
なので、ジャクソン自身は、イギリスを憎んでいたと思いますが、金儲けに奴隷を使うことには躊躇がなかったので、イギリスが作った自由貿易体制に乗っかっていた人でもあります。
当時の民主党は、こんな感じで、イギリスは憎んでたけど、奴隷貿易で儲かってるから、結果的にイギリスの肩を持つような人間が多かったと思いますので、イギリスがこれらの人たちを裏で操っていたのか?は、ちょっと微妙な感じがしています。
なので、初期のイギリス犯人率は5割前後と見ました。
これ以降は、ガーフィールドはイカれたおっさんにやられましたし、ハーディングは、遊びすぎて心臓病でいった感じなので、この2人へのイギリスの関与は0%だと思いますが、それ以外は100%、イギリスが犯人だと思いますね。
今回詳しく調べてみて驚いたのは、イギリスが関与していない案件が2人もいたことでした。絶対、全部イギリスのせいだろと思っていたので、これは意外でした。
しかし、基本的に、イギリスがアメリカの政治に大きく介入しているのは間違いありません。なので、トランプがイギリスを潰さないと、本当の意味でアメリカが独立することができないと考えるのは、とても自然なことだと思います。
このように考えると、現在のイラン戦争とウクライナ戦争を長引かせている理由もわかります。どちらも、エネルギー資源の兵糧攻めを行うことで、欧州経済を破綻させ、イギリスを潰すということなのでしょう。
ということで、今回はアメリカ大統領が、いかにイギリスの都合で暗殺されてきたのか?について見てきました。
今後も、トランプがイギリス潰しを積極的にやっている理由について、いろいろな角度で動画にしていこうと思っています。







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