陸前高田市に行ってみたら、「進撃の巨人」の世界に一瞬迷い込んだ話 | イエ&ライフ

陸前高田市に行ってみたら、「進撃の巨人」の世界に一瞬迷い込んだ話

陸前高田市の防波堤1 コラム

この記事は、2023年10月に陸前高田市に行った時のことを書いています。

 

わたしは、実家が岩手県の奥州市にありまして、陸前高田市は、車で1時間〜1時間半のところにあります。

奥州市は、岩手県でも内陸部に位置しており、2011年の震災の時は、実家の瓦屋根が少し崩れたぐらいで、あまり被害がなかったところでした。

 

陸前高田市は、奥州市から海に行く時に1番近い場所で、小学校の頃は海水浴に、中高の頃は、初日の出を観に。そして、震災の前年には、子供と一緒に海水浴に行きました。

わたしにとっては、そういう場所です。

 

なので、震災があった翌年2012年に行った時には、市街地の、ガレキとぬかるんだ土地だけが残っている姿に、なんとも言えない気持ちになりました。

それからは数年に1度、帰省して時間が空いていたら、なんとなく陸前高田まで車で行って、「今はどんな感じなんだろう」と見て回っていました。

 

ですが、昨年までは、全く気づいていませんでした。あの大きな壁のことを。

気づいたきっかけは、新しくできた道の駅「高田松原」に行って、

 

道の駅「高田松原」

 

その先にある、高田松原の砂浜を見に行った時でした。

 

高田松原

 

松林は全て津波で流されてしまい、あらためて植林されていました。

そして、この堤防が作られていたわけですが、奥の方までずっと続いているのがわかると思います。

 

で、ずっと先の方まで見ても、ところどころで灰色の橋?道路?壁?のようなものが続いているんですよ。

「もしかしたら、全部壁でふさいだってこと?」

そこで、ようやく事の重大さに気づきました。

 

東日本大震災の津波被害は、陸前高田市だけでなく、北は青森から、南は茨城まで、かなりの広範囲でした。

そして、その津波の高さは、場所によっては、20〜30mもの高さにまで及び、今後も同じような津波が来た時の対策として、広範囲で大規模な防波堤が造られたわけです。

 

東日本大震災の時の各地域の津波の高さ

(参考:中央防災会議「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会)

 

この辺りはリアス式海岸といって、かなり入り組んだ地形となっており、小さな漁港や海水浴場もたくさんあります。

これらの一つ一つに対して、津波対策として、防波堤が作られたわけです。

 

そう気づいてから、隣町の大船渡にかけての海岸を車で回ってみました。

そうしたら、

 

陸前高田市の防波堤1

 

こんな感じで、漁港のすぐ後ろをかなりの高さの壁でぐるっと覆われていました。

 

陸前高田市の防波堤1

 

こちらは、また別の場所ですね。

手前は台形型の堤防になっていますが、奥の方は垂直の壁になっています。二階建ての建物を見下ろせるぐらいなので、10mぐらいの高さかもしれません。

 

陸前高田市の防波堤3

 

こちらも別の場所で撮った壁です。

わかりにくいですが、赤色の線に挟まれている部分が壁です。

田んぼの先には、昔は普通に海が見えたのでしょうが、今は壁に覆われて、遠くからでないとその先の海が見えない状況でした。

 

このように、海に接している低地の場所は、ことごとく防波堤という名の壁で覆われてしまい、高台に上がらないと海が見えなくなっていました。

 

不謹慎だと思うかもしれませんが、「進撃の巨人」の壁を思い浮かべてしまいました。

それほどに、現実感のない世界に感じました。

そう思っていたら、すでに2015年に新聞記事に対しての反応が、全く同じようなものだったみたいですね。

(参考:togetter「岩手県に建設中の防潮壁が使徒や巨人がでてくるアニメのような巨大スケールになっているとニュースになる)

 

とは言っても、進撃の巨人のエレンやアルミンのように、常に壁を意識して生きるような、そんな感じではありません。

 

実際、昨年よりも前に、何度も陸前高田には来ていましたし、大きな防波堤の存在も知っていましたから、「全てが初めて見る光景」というわけではありません。

記憶にありませんが、もしかしたら、「壁に覆われた漁港」すらも以前に目にしていたのかもしれません。

 

むしろ、今回衝撃を受けたのは、「すべての漁港や砂浜が、防波堤・壁に覆われている」という、そのスケールの大きさに気づいたからでした。

 

 

なお、この印象は、数年に一度、ふらっと車で訪れる程度の外の人間が、感じたものにすぎません。

 

陸前高田の人には、そんなことよりも、被災体験の方が大きかったでしょうし、壁に覆われているといっても、閉塞感のようなものは感じません。

そして、もっと普通に、前向きに生きていると思います。

 

陸前高田の人口を見てみると、震災前は2.3万人いましたが、現在は約1.9万人と、確かに人口は大きく減っています。

ですが、そのうち約1,500人が震災で亡くなられていることや、高齢化率が4割を超えていることを考えると、これほど大きな被害があったのに、地元を離れた人はごく少数だということがわかります。

 

陸前高田市の人口推移

(参考:復興庁 「陸前高田市 まちなか再生計画」*PDFファイル)

 

2022年には、高田松原海水浴場が復活しましたし、少しずつ、以前のような日常が戻ってきてもいます。

 

また、そんな街だからこそ、復興しようと頑張っている人、新しいことにチャレンジしようとする人がいます。

若い人を中心となって、移住促進や地域復興のための会社を興し、仕事の募集もしています。

高田暮らし

 

 

実家に帰る途中で、中学校の近くを通りました。

横断歩道で一時停止したのですが、横断歩道を渡った中学生の女の子たちに、お辞儀をされました。

陸前高田の子供たちは、優しい子に育っていると思います。

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