今回の動画は、「共産主義に負けた日本。戦前の日本は何が間違っていたのか?」ということで、やっていきたいと思います。
1、はじめに
このチャンネルでは、以前に日清戦争、日露戦争について、イギリスに操られた戦争だったということ動画にしましたので、今回は第二次世界大戦と日本の敗戦について、取り上げていきたいと思います。

日本の高校ぐらいまでの歴史教科書では、日本が満州事変から太平洋戦争、そして敗戦へと向かったのは、軍部の暴走みたいな感じで、教えられてたような記憶があります。
ただ、大人になって、本屋で第二次世界大戦について見てみると、こちらの画像のように、当時のアメリカの大統領だったルーズベルトが、日本を戦争を引き摺り込んだんだ、日本は騙されたんだ、みたいな感じの印象を受けるものが、タイトルだけ見ると、結構あります。
これらの書籍の全てを読んだわけではありませんが、全体的に多いのは、
①日本はルーズベルト政権に戦争に誘い込まれた
②戦争を欲していたのは、グローバリストだった
みたいな話が多いように思います。
しかし、うちのチャンネルでは、今年に入ってから、アメリカの真の独立を目指すために、トランプを応援してる政治団体プロメシアン・アクションの動画を追いかけるようになって、
私もイギリス・ディスり芸人として目覚めてからは、どうもそういう感じではないようだと考えるようになりました。
そこで、今回はこれまでの動画を踏まえながら、第二次世界大戦と日本の敗戦の意味について、考察していきたいと思います。
それでは、参りましょう。
参考書籍
本題に入る前に、今回の動画で参考にした書籍のご紹介です。
それがこちらの林千勝先生の「近衛文麿」です。

林先生は、近現代史研究家でらっしゃって、YouTubeでも、この件についていくつも動画に出されており、いろいろと参考にさせていただいております。
なぜ第二次世界大戦に日本が参戦したのか?の流れがよくわかりました。Amazonでは、中古とKindle版しかありませんでしたので、私も図書館で探して読んでみました。
それでは、ここからが本題です。
2、戦争と敗戦の戦犯

まず最初に、結論を言ってしまうと、日中戦争そして太平洋戦争という、無謀な戦争へと日本を引き摺り込んで行った犯人は、近衛文麿とその仲間たちです。
近衛文麿とは、平安時代の貴族だった藤原氏の流れをくむ、五摂家のうちの一つである近衛家の末裔の公家です。

近衛文麿は、1937年から39年、そして1940年から41年にかけて、3回内閣総理大臣を経験しており、この時に、日本をアメリカとの戦争へと引き摺り込む手筈を整えた人間です。
日本の公家は、鎌倉時代から徳川時代にかけて、武家政権だったので、京都で雑魚扱いされて日の目を見てこなかったため、ここに来て大臣とか、議員とか、そういうポストに就任することができて舞い上がっていたのでしょう。
「中国をやっつけろ!国民党政権とは、話し合う必要なんかない!」と強硬派の態度で、いろいろと喋っていたので、そういう強気な政治家に、国民がコロッと騙されたのだと思われます。
近衛は、ヒトラーを尊敬していたらしく、何かの宴会の時には、ヒトラーの真似事もしていたそうです。このチョビ髭は、ヒトラーにそっくりに見えますが、ヒトラーを知る前から、カッコつけて、こんなダサい髭を生やしていたそうです。

では、近衛が具体的に何をしたのか?というと、
1つ目は、尾崎秀実などの共産主義者を政権で重用しました
内閣嘱託として、首相官邸に部屋を設けたほどです
2つ目は、中国戦線の拡大と長期化です
1938年1月6日に、「事後、国民政府を対主とせず」と宣言し、交渉を拒絶しました。交渉しなければ、戦争は終わりませんので、泥沼化をさせたわけです
3つ目は、中国侵略を強化したことで、米国との関係悪化が進みました
石油や鉄屑などの輸出規制を受けて、国内の経済情勢がさらに厳しくなりました
そして4つ目が、仏印進駐です。
フランス領インドシナに攻め込むことで、アメリカに石油を禁輸されました。
このようなお膳立てを全て近衛政権でやったのです。そのため、次の東條英機はババを引かされて、ヤケクソで太平洋戦争へ突入せざるを得なくなったというわけです。
しかし、歴史の教科書やテレビでは、近衛文麿が日本を戦争に引き摺り込んだなんて話は、聞いたことがありませんよね。
どちらかというと、陸軍がーとか、当時の政府がグダグダでーとか、当時の政府高官同士が、空気を読み合ってーとか、そういう、誰が仕掛けたのかわからないまま、いつの間にかそっちに転がっていった、みたいな言われ方がしている印象です。個人よりも、日本的な組織の問題だと言って、茶を濁しているような印象です。
では、なぜそんな話が出てくるのか?というと、近衛のやったことが、非常にわかりにくかったり、共犯がたくさんいるからです。
では、その共犯とは一体誰か?というと、大きくは2種類います。
1つ目は、政府の外側にいた共産主義者です。

代表例は、尾崎秀実で、朝日新聞に勤めていましたが、上海コミンテルンでドイツの二重スパイのゾルゲに師事し、日本を共産主義革命で、一回ぶっ壊さないとダメだと主張していた人物です。
この尾崎は、近衛のブレーンとして、政界や言論界、軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争から太平洋戦争まで、好戦派として、日本を泥沼への戦争へ引き摺り込んで行きました。
当時の朝日新聞というのは、こういうのがたくさんいる、本当にどうしようもない新聞だったのですが、戦後になっても、慰安婦問題なんかをでっち上げて、何も反省していないところを見ると、本当にこんな新聞が、日本に存在していいの?と疑問に思うレベルですね。さっさと消えたほうが、日本のためだと思います。
2つ目は、政府の内側にいた軍部や政治家などです。
尾崎秀実のような共産主義者が、政権内に入ることができたのは、近衛だけでなく、その周辺にいた政治家、軍人などの支援もあったからでした。

そして、尾崎は近衛のブレーンとして、あれこれ助言をしていたわけですが、軍部、特に海軍においては、山本五十六や米内光政といった、大物がひどいものでした。
当時、アメリカと戦争が起こった時の戦略としては、国力があまりに違いすぎるんだから、なるべくアメリカを刺激せず、米艦隊の来襲を待つというものでした。
その間に、仏領インドシナなどの欧州の植民地を占領していって、燃料を調達しつつ、1年から2年ぐらいで体勢を整えるというものだったのです。
ところが、クズ山本は、奇襲をかけると言って真珠湾を攻撃し、アメリカをブチギレさせました。
これによって、ルーズベルトは、アメリカ国民に日本をぶっ倒すために、ガチモードでやっていこうぜ!と奮い立たせ、自動車会社などの製造業に兵器の製造をがっつりやってもらうことで、兵器の生産力が急増し、あっという間に日本を蹴散らせる状況へと持っていってしまったのです。
冬眠中のヒグマを起こしたのが、クズ山本だったんですね。

では、このクズ山本を真珠湾攻撃の大将に選んだのは誰か?というと、米内光政です。このアホそうな顔のアホの光政は、日中戦争にも強硬路線を主張して、日本を敗戦へと引き摺り込んだ戦犯です。
東京裁判では、陸軍のお偉方の多くが有罪となり、死刑となった人間も多いのですが、海軍は誰も死刑になってません。真珠湾攻撃を決めた海軍がなぜ誰も死刑になってないのか?不思議ではありませんか?
その理由は、もちろん米内や山本みたいな、日本を敗戦へ追い込もうとしていた軍人が、米英ソと繋がっていたか、便利な存在だったからでしょう。
つまり、当時の日本では、日本を敗戦へ追い込みたい人間がたくさんいたのです。
3、なぜ日本を潰したい日本人がいたのか?

では、なぜこのようなクズたちは、こんなことを考えていたのでしょうか?
私が思うに、その理由は3つあります。

1つ目は、当時の自由主義経済が、普通の日本人にとって、クソな経済システムだったからです。
戦前の日本は、徳川幕府時代に欧米列強との不平等条約を無すばされた結果、原則5%という、かなり定率の関税しかかけることができませんでした。
海外製品の方が、機械化もされてコストも安いですから、どんどん安い製品が輸入されて、国内産業が打撃を受けました。
そのため、明治政府が何をやったのか?というと、地租改正です。
これによって、それまで米などの物納だったのが、お金で払うことになったため、払えない国民が一気に増えて、小作人、つまり奴隷になる人が大勢生まれました。
奴隷みたいな人たちが増えると、人件費が安く済みますので、その安い人件費で軽工業を発達させていったのです。
当時の日本の産業は、現在のアフリカみたいな、モノカルチャーみたいな経済だったので、貧富の差が拡大し、結局、江戸時代とは違った身分制になっただけだとブチギレる人が増えたのです。
「あゝ野麦峠」とか「蟹工船」とか、戦前の国民の貧困を描いた小説って、色々あると思うのですが、それは、このような、日本人を奴隷化することで、新しい身分制を作りにいった結果だったんですね。

2つ目は、共産主義者の増加です。
このような、自由主義経済に基づいた資本主義というのは、イギリスが作ったシステムであり、アメリカなどの一部の国を除いて、保護関税によって自国の産業を守ることが難しかったので、世界中で貧富の差が拡大していきました。
その結果広がっていったのが、共産主義思想です。
特に20世紀に入ってからは、
①1918年にロシアで共産主義革命が起こったこと
②1929年の世界恐慌の始まり
などによって、資本主義以外の国家の在り方として、共産主義に希望を持つ人が増えていきました。
それで、共産主義者というのは、2種類あって、
1つは、①共産党に入党している現地人です
そしてもう1つが、②共産党に入党しておらず、海外の同士と交流していたという、いけ好かない知識人枠の人たちです。
この2種類があったのですが、尾崎秀実のようなジャーナリストは、②のタイプで、上海コミンテルンで知り合ったゾルゲに師事し、近衛政権内で暴れ回ることになりました。
それと、ソ連は、1928年からの第一次五カ年計画によって、産業が盛り上がって、しかも、世界恐慌の影響も受けなかったということで、ソ連に対する知識人たちの憧れが増していきました。
実は、このソ連の五カ年計画が成功したのは、アメリカの企業がたくさん技術支援に行って、500以上の工場を作ったためだったので、全くソ連がすごいのではなく、アメリカの企業がすごいということだったのですが、当時の世界では、そんなことは気づきませんでしたから、ソ連すごいソ連すごいとなってしまったんですね。
そのため、ソ連にシンパシーを感じる人が、世界中で増えてしまい、日本でも、軍部や知識人階級に、そういう人たちが増えて、がん細胞のように、政府内に広がってしまったというわけです。

そして、最後の3つ目は、軍部内の派閥争いです。
1929年からの世界恐慌によって、日本も影響を受け、昭和恐慌と呼ばれる不景気に陥りました。
当時の物価や所得の変化を見ると、世界恐慌が始まった1929年から2年後には、所得が2割以上減り、物価は3割、米価は4割、輸出用の生糸、綿糸は5割下がるという、メタメタな状況だったようです。
戦前の日本は、軍部や一部の政治階級が偉そうにしてたため、国民の所得を増やすよりも、軍備を増やすことに金を注ぎ込んでいましたので、世界恐慌が起こったことで、国民の金が底をついて、日本にも飛び火してしまったのです。
このように、国内だけで経済の立て直しができないと考えた軍部が、1931年には満州事変を起こし、翌年32年には、5.15事件を起こして、首相の犬飼毅や斎藤実を暗殺しました。
犯人は若い海軍将校でしたが、満州事変を抑えようとしていた年寄り政治家や軍人を暗殺した形です。
つまり、
「若い貧乏な軍人 vs 既得権の年寄り支配層」とか、
「陸軍の皇道派 vs 統制派」
みたいな派閥争いもどんどん増えていったのです。
これは思想の違いというのもあったとは思いますが、結局は、戦前の日本は、貧富の格差をほったらかしたままだったので、
①その中で生き残るため、
②成り上がるため、
そして、
③この仕組みをリセットするため、など、色々な人たちが、いろいろな思惑で蠢いていたということなのでしょう。
近衛の目的は、②の成り上がるためであり、日本をリセットしたかった尾崎や米内、山本などは③の人間だったのだろうと思います。
米内は、戦後に
「言葉は不適当と思うが原爆やソ連の参戦は天佑だった」
と語っていたと言いますが、自分で戦争を煽っといて、こんな発言ができたのは、米内が日本をリセットしたかったからこそでしょう。
4、なぜ日本は帝国主義になったのか?

それで、林先生のこの「近衛文麿」は非常に、興味深い内容ですが、私も一読しただけでは、その事実関係を整理するのも難しいので、この辺にしておきます。
詳しくは、林先生の動画や、書籍を読んでみてください。
私が今回の動画で考えたかったのは、そこではなくて、なぜアメリカはこんな日本を叩きたかったのか?ということです。
そこで、ここからは、なぜ戦前の日本が帝国主義になったのか?について考えていきたいと思います。

以前にこちらの動画で詳しく考察したのですが、日清戦争は、イギリスがロシアの極東進出を阻むために、日本を軍国化させていくために、そそのかした戦争だったということを解説しました。
その根拠として、例えば、日清戦争のわずか1週間前に、イギリスが日本との不平等条約の改正を約束しています。つまり、清と戦争してくれたなら、関税自主権を与えるよとそそのかしたのです。
日本としては、当時一番強かったイギリスが不平等条約を改正してくれるのは悲願でしたから、断らない理由はありません。
さらに、イギリスからの情報提供もあったので、大国の清にも勝てるかもという勝算も五分五分だったと言われていますから、やってみて損はないということだったのでしょう。

結果的に、日清戦争では、大勝利し、大きくは3つのものを手に入れました。
1つ目は、多額の賠償金
2つ目は、初の植民地である台湾
そして3つ目は、遼東半島をロシアにゴネられて、奪われるという屈辱感です。
しかも、旅順港は要塞化されて、日露戦争での激戦地ともなりました。
これによって、日本は
①ロシアに対する敵国認定、これはイギリスが、日本をロシアの極東進出を妨害するための駒として使えることを意味しました。
そして②植民地支配という、帝国主義的な思考が身につきました。
先ほどの日清戦争の動画を出した際に、どなたかがコメントで、「イギリスの歴史学者と話したときに、日清戦争で日本に台湾を取らせたのは、イギリスの作戦だったと聞いた」と書き込んでくれていましたが、おそらく、その歴史家の方が言ってた意味は、これでしょう。
国家が植民地を持つということは、その国の国民の思考が変わってきます。
他国は、攻めるか攻められるかという、敵でしかなく、貿易でお互いが豊かになっていくという世界観とは真逆のものになります。
これ以降、満州進出、韓国併合など、得してるのかわからないまま、対外進出するという、アホな癖がついてしまいました。
イギリスはこれを狙っていたのです。
明治当初の日本は、全くそんなことはありませんでした。
西郷隆盛や板垣退助が主張していた征韓論は、反対多数で有耶無耶にしてましたし、アメリカからも、イギリスを信じると碌でもない目に遭うぞと言われて、朝鮮や清に対しても、非常に慎重に対応していましたし、
貿易による富国強兵の仕方も教わっていたからです。

(参考:シラー研究所)
しかし、アメリカのこのような貿易重視の世界観も、イギリスによって壊されました。
1901年に共和党の大統領だったマッキンリーが、レオン・チョルゴッシュという無政府主義者に暗殺され、戦争狂いのセオドア・ルーズベルトが大統領になってしまったからです。
このチョルゴッシュをそそのかしたのが、エマ・ゴールドマンという無政府主義者で、エマは、ロンドンにも行ったりして、無政府主義者とも交流がありました。
ろくな仕事についてないエマが、ロンドンやらパリで滞在する金をどうやって工面したのでしょうか?ロンドンは、当時から、こういうやべえ奴らの溜まり場になってましたが、こういうテロリスト予備軍を育てることで、各国の要人を暗殺できるようにしていたと考えられます。

それで、今もですが、国家の世界観というは、大きくは2種類に分かれます。
1つ目は、アメリカ型システムというもので、人間は平等だし、幸福を追求する権利があるという世界観です。これは独立宣言でうたわれている内容ですね。
経済システムは、保護主義になります。戦前の日本のように、小作人をたくさん生み出して、奴隷のようにこき使う経済システムは、間違ってるというわけです。
そのため、国内産業を保護するために、関税を高くする保護貿易を選びます。
そして、外交方針は二国間貿易を中心とするもので、互いに保護したい産業はどれかという言い分を聞きながら、補い合うような関係ですね。
これに対して、イギリスや戦前の日本のような帝国主義は、全くの真逆です。
一部の選ばれし者だけに権利があり、他は家畜や奴隷という人間観であり、
経済システムは、それぞれの国は世界経済の歯車でしかなく、国民の中にしんどい思いをする人間がいてもしょうがないと割り切ります。
そして、外交方針は、棍棒外交で、軍事力で殴って、いうことを聞かせる。ダメなら貿易で、有利に立とうとするという、食うか食われるかの世界観です。
日本も、明治当初は、アメリカ型システムを選ぼうとしていましたが、日清戦争で思いの外、美味しいご褒美を手に入れてしまったために、
「戦争すれば儲かるじゃん」というアホな成功体験を後生大事に持ち続ける組織、つまり、軍部の文化が生まれたのだと思います。
これは、今の日本で言えば、売上至上主義のパワハラ企業みたいな者でしょう。
領土がでかけりゃいいだろ!売上規模がデカけりゃいいだろ!というわけです。
いやいや、利益は?
本当に競争力が上がってるのか?
台湾や満州を持つことで、国が豊かになるのか?
経費もかかってんだろ?
なんでそれ、計算しないの?
アホなの?
と思いますよね?
それを日本人の脳みそに植え付けたのが、日清戦争であり、台湾領有だったのだろうと思います。
5、ルーズベルトは共産主義者なのか?

それで、林先生の書籍もそうなんですが、日本の戦前の軍部は、共産主義に侵されていて、それはアメリカもそうだったんだ。
だから、アメリカもルーズベルト政権は、共産主義のスパイがたくさん入っていたし、ソ連に情報が筒抜けだったし、それをルーズベルトは見てみぬふりをしてきたから、ルーズベルトは共産主義の手下だったんだ、という主張が目立つように思います。

確かに、ヴェノナ・プロジェクトという、アメリカ陸軍とイギリス政府が共同で調査をしていたプロジェクトがあって、そこでは、1930年代から1940年代末まで、ソ連に情報を流していたスパイがいたという報告がされていますし、
フーバー前大統領の大著「奪われた自由」の中でも、ルーズベルト政権が、ソ連に甘かったという点について、かなり批判的に書かれているので、この本の主張に影響を受けている人はかなり多い印象です。
しかし、個人的にはこれは違うと思っています。
ルーズベルトが、ソ連と仲良くしていたのは、それ以上にイギリスの帝国主義が嫌いだったからです。

こちらは、戦前の大英帝国だった部分をピンク色で塗った地図です。
アメリカ大陸では、カナダや南米のガイアナ、カリブ海、
アフリカ大陸では南アフリカからエジプトまでの南北のラインと西アフリカの一部、
中東でも現在のイラクやオマーン、バーレーンなどの湾岸諸国、
そしてインド、ミャンマー、インドネシア、オセアニア諸島などなど、
世界中がイギリスの植民地下にあったことがわかります。
それに比べて、共産主義はどうですか?この当時は、ソ連だけですよ?
共産主義思想が恐ろしいという話には、戦前の日本の政権中枢にも入り込んでいたという意味で、リアリティは確かにあったでしょう。
ですが、このイギリスの植民地っぷりと比較して、どう思いますか?という話です。普通に考えれば、イギリスの方がひどいに決まってるじゃないですか?
なので、当時のフーバーなどの共和党の言ってた話は、偽善です。
イギリスという極悪人のことは黙ってて、これからやべえことをやりそうなソ連に騒いでいたわけですからね。当時、イギリス好きのアメリカ人も多かったようなので、完全に盲点になっていたのでしょう。

では、なぜルーズベルト政権は、共産主義のスパイを内部に入れるようなことをしたのでしょうか?
これはおそらくですが、2つ理由があると思ってまして、
1つは、共産主義にかぶれてた人たちを入れた方が、イギリス避けになるということ。イギリスシンパの人間が政権内に入ってスパイ活動をしようとしても、あとあと共産主義者として、弾圧されるのは誰だって嫌ですからね。
そしてもう一つが、ソ連に対して、アメリカの情報を筒抜けにすることで、ソ連との信頼関係を作ろうとしたということです。
こちらの書籍は、スーザン・バトラーの2017年出版の「ローズヴェルトとスターリン」ですが、この中で、ルーズベルトとスターリンが始めたあったのは、1943年のテヘランでの会談だったこと、
そして、ルーズベルトは、このテヘランで、なんとソ連の大使館で寝泊まりして、スターリンとの関係構築をしていたということが描かれています。
つまり、ルーズベルトは、スターリンと仲良くなるために、必死に相手の懐に入り込もうとしていたんですね。
では、なぜルーズベルトは、スターリンとの関係をこれほど大事にしようとしたのか?というと、それは戦後の国連構想、通称「4人の警察官構想」を見ればわかります。

現在の国連は、常任理事国として、アメリカ、中国、ロシア、イギリス、フランスの5カ国ですが、戦後すぐに始まった東西冷戦によって、西側と東側とで真っ二つに分かれました。
そして、アメリカが国連を無視して、勝手にイラク戦争なんかをおっ始めて、有名無実化しました。これで得したのは、イギリスです。ブリティッシュ・ペトロリアムは、イラクのルマイラ油田の権益を半分近く、ぶんどってますからね。
しかし、ルーズベルトが考えたのは、アメリカ、イギリス、ソ連、中国の4つの強国が、東西冷戦などで分断されずに、ガッチリと世界の警官になることで、戦争をやめさせようというものだったのです。
ルーズベルトの言葉を抜粋しますと、
「アメリカ、イギリス、そして多分中国と並んで、ソ連は軍備をもった国となり、他の国々は非軍事化されるだろう。ヨーロッパ諸国の植民地帝国は切り離され、3大国または4大国に統治が委任されることとなろう」
以上です。
①これら4カ国以外は、軍事力を持たないこと
そして、
②ヨーロッパの植民地帝国は切り離されること、
とはっきり書かれていますね。
戦争できないようにしよう。
そして、帝国主義はやめようというのが、ルーズベルトの計画だったのです。
なので、戦前の日本がルーズベルトにぶっ叩かれたのは、そして、わざとルーズベルトが、日本を戦争に誘き寄せたのは、日本が他国を支配しようとする帝国主義だったからです。
仮にあの当時、アメリカとの戦争にならなかったとしても、ルーズベルトは帝国主義の日本を許さなかったでしょう。戦前の日本は素晴らしいと主張する人は、この点を考えるべきだと思いますね。

ちなみに、このルーズベルトの4人の警察官構想が、今期トランプ政権で蘇って来つつあるように思います。
昨年12月に、トランプ政権が国家安全保障戦略を公表したのですが、そのオフレコ版が一緒にリークされていました。
その内容を見ると、現在のG7の次の仕組みとして、アメリカ、ロシア、中国、インド、そして日本の5カ国が、周辺国の面倒を見るようなイメージで、
C5、コア5はどうだろうか?というものでした。
イギリスや、EUが入っていないのは、今まで散々、アメリカに隠れて、いろいろとやらかして来たからでしょう。
現在のウクライナ戦争、イラン戦争の長期化で、イギリスや欧州経済はボロボロになりつつありますが、一度全部ぶっ潰してから、どうするか考えようとしているのかもしれません。

ということで、今回は第二次世界大戦で日本が負けた理由とその意味について、考察して来ました。
現代の日本人にとって、あの当時に起こったことを教訓とするならば、帝国主義や自由主義経済のような、勝者と敗者を分ける戦いから抜け出さないと、このシステムをぶち壊したい人が増えて、暴走してしまうということでしょう。
世界中で極左、共産主義が、現在盛り上がっているのは、自由主義経済が行き詰まっているからだと思います。戦前の日本で、軍部や政府内に、共産主義者が入り込んだのと同じ状況なのです。
では、これを抜け出すにはどうすればいいのか?というと、個人や企業で言えば、対等な取引ができる商品やサービスを作ること。他人や他者と比較されない何かを作り上げることでしかないでしょう。
最近はAIの進化がものすごく早くなってて、ホワイトカラーの仕事もなくなってくると言われていますので、ヤケクソになって勝負するには、ちょうどいいタイミングになってるのかなと思います。







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