今回の動画は、「ラルーシュが暴いた世界の仕組み。サイコパス帝国イギリスと250年戦ってきた米国の歴史」ということで、やっていきたいと思います。
1、はじめに
突然ですが、皆さんは「コードギアス 反逆のルルーシュ」というアニメをご存知でしょうか?
このアニメは、2006年に放映されたSFロボットアニメで、特殊能力を持つ主人公のルルーシュ・ランページが、故郷であり、悪の帝国でもあるブリタニア帝国を倒そうと、あれこれやっていくというお話です。

一応、話の舞台は日本なのですが、ブリタニア帝国に占領されてしまっていて、名前も日本ではなくエリア11と呼ばれており、日本人もイレブンと呼ばれています。
この辺りは、ジョージオーウェルの1984で、イギリスがオセアニアという国の「エアストリップ・ワン」という名前になっている感じと、よく似てますね。
どちらも、3つの超大国が首領蜂やっているという設定も似ています。
ただ、このアニメを私は、第1期の14話ぐらいまでしか見てないので、あまり深入りはしないでおきます。

それで、今度はこちらのリンドン・ラルーシュという人はご存知でしょうか?
ラルーシュは、アメリカの政治家で、イギリスから本当の意味での独立を目指すことを掲げて、大統領選挙に30年近く立候補してきた人です。
あまりに常識から外れたことを言いすぎるため、陰謀論者とかカルトとか、いろいろ言われまして、一時は詐欺罪で捕まって5年間服役したこともあります。
しかし、一部の国民からは熱狂的な支持を得て、2億ドル以上の資金を集めたと言われています。ラルーシュの影響力が強かったのは80年代ですから、40年前に2億ドルの大半を集めたとすると、今のかちで500億円から1000億円近いお金を集めたことになると思われます。
なので、泡沫候補と馬鹿にされがちですが、かなりの影響力を持っていたと思われます。
それで、このラルーシュとルルーシュの共通点を無理やり表にしてみたのがこちらなのですが、単に名前が一時違いというだけでなくて、敵認定されているブリタニア帝国と、イギリスという意味で、共通しているんですね。

しかも、社会設定を見ても、神聖ブリタニア帝国は階級社会で不平等、そして競争と進化を目指す社会ということなのですが、
ラルーシュが見ているイギリス帝国も、階級社会で不平等、そして競争と搾取を目指す社会ということで、これまた悪玉の姿が似ているように思います。
偶然なのかわかりませんが、アニメを作った人も、イギリス=悪というイメージがあったのかもしれません。
それで、ちょっと前置きが長くなりましたが、今回はそんなラルーシュという政治家が、アメリカという国をどのように解釈してきたのか?
そして、なぜ今まだアメリカはイギリスの支配下にあると思っているのか?
について、公開している動画がありまして、そのご紹介をさせてもらいたいと思います。

それがこちらのプロメシアン・アクションという団体のユーチューブ・チャンネルで、左の動画は、17年前のものになりますが、アメリカ独立戦争から1932年のルーズベルト大統領の当選に至るまでの、歴史についての解説になります。
プロメシアン・アクションのチャンネルの中で、最も見られている動画で、時間も2時間近い長尺のものなのですが、今まで一度も聞いたことがない、シビれるアメリカの歴史観に触れることができます。
これを見ると、トランプ政権が一体何と戦っているのか?この戦いの先には何があるのか?がよくわかると思います。
ただ、この動画では、専門家が喋っている部分が結構多くて、それって本当なのか?というのが、よくわからないまま話が進んでしまうところもたくさんあります。
なので、なるべく私の方で、ここで語られている主張について、ネットや書籍で調べたりすることが可能な部分をピックアップしつつ、ご紹介していきたい思います。
それでは、参りましょう
参考書籍
本題に入る前に、今回の動画で参考にした書籍をご紹介します。
それがこちらの、渡辺そうき先生の「英国の闇 チャーチル」です。

渡辺先生は、YouTubeでも主にアメリカの政治情勢について解説の動画を出されていらっしゃる、日米近現代史の研究家です。
この本は、第一次世界大戦までの英国とチャーチル首相について書かれているもので、第一次世界大戦が、どのようにして起こったのか?についてイメージできるようになっています。
渡辺先生の解釈は、今回のラルーシュの解釈とは違う方向性ですが、第一次世界大戦をイギリスが仕掛けたと思われる材料がたくさんあり、参考になりました。
また、チャーチルって、たとえば「民主主義は最悪の政治形態と言われてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」など、気の利いたことを言ってるイメージがあるので、なんだかすごい人のように思ってる人もいる思うのですが、
イギリスの過去の歴史にちょっと触れれば、こんなロクでもない国から、尊敬できるほど、すごい人が出てくるわけがない、と直感的に怪しんでる人もいると思います。
この本は、その直感通り、チャーチルのクズっぷりが描かれていますので、そういうところを確認したい人にもおすすめです。
それでは、ここからが本題です。
2、悪の帝国イギリスと光の国アメリカの世界観の違い

まず最初に、イギリスがいかにヤバい国なのか?について、ちょっと簡単に触れておきたいと思います。
こちらは、うちのチャンネルでたびたびご紹介している表なのですが、任期の途中で死亡または辞任した大統領のリストです。

紫色で塗られている部分は、ホイッグ党、共和党と、どちらもアメリカの保守政党になります。これを見ると、いかにアメリカの保守政党出身の大統領が、任期の途中で病気やら暗殺やらで亡くなっているのかがわかりますよね。
さらに、民主党で亡くなったのは、フランクリン・ルーズベルトとケネディですが、ルーズベルトは4期目に突入してからの死亡であり、ケネディは暗殺されましたが、犯人は単独犯ではなかったという疑惑が今でも言われています。
やはり、誰かにとって邪魔な大統領が、この250年の間に、結構な人数で消されているのです。じゃあ、それって誰なのか?というと、これはもちろんイギリスだろう、というわけです。

たとえば、皆さんもご存知のリンカーン大統領は、南北戦争終結後の1965年4月にジョン・ウィルクス・ブースによって暗殺されたのですが、この時に共謀犯が8人いたとされており、そのうち4人は捕まって処刑されましたが、逃げたのびたうちのジョン・サラットという人物は、南軍の情報機関に所属していて、イギリスやカナダから支援を受けていました。
当時のイギリスは、安い綿花を輸出してくれる南部諸州を支援していましたので、リンカーンが邪魔だったため、暗殺したというわけです。

しかも、その支援というのは、あまりにあからさますぎたため、独立戦争後にアメリカ政府がイギリスを訴えて、賠償金1,550万ドルを受け取っています。
南北戦争中に海上封鎖をして、60隻以上の北軍向けの船舶を拿捕するなど、中立とか言ってて、完全に南軍に参加していたのです。
こんな感じで、アメリカは独立した後も、イギリスから何かとちょっかいを受け続けてきたのです。そして、それは現代になっても続いているというのが、ラルーシュ氏の主張なわけです。
ただ、これだけだと、単にアメリカはイギリスに支配されてるから、それから抜け出さなきゃダメだ!という話で終わりです。
ですが、ラルーシュが考えていた、というか、アメリカの先人たちが考えていたのは、単に独立を勝ち取るということではないというのです。
それは根本的に違う、2つの世界観のことを言ってるのです。
それを表にまとめてみたので、1つ1つ見ていきましょう。

まず1つ目は、基本的な人間観についてです。
アメリカでは、人間は平等だし、創造力があると見做しているのに対して、イギリスは、一部の選ばれし者だけに権利があり、他は家畜という感じですね。
アメリカの独立宣言では、人間は生まれながらにして平等で、自由と平等、幸福を追求できる権利があると謳われていますし、イギリスは今でも王政と貴族制度が残っていて、自国民をイスラム教徒に置き換えても平気な顔をしているエリートがたくさんいる国なので、これはまさに人間観が全く違うと見ていいでしょう。
2つ目は、経済システムです。
アメリカは保護貿易主義であり、イギリスは自由貿易主義です。
アメリカは南北戦争以降、保護貿易を行うことで、経済的、技術的に大きく成長しました。日本の高度成長期も、外為規制などの保護貿易的な政策によって、大きく成長を実現しました。
普通に考えると、保護貿易の方が成長できるのです。それに対して、イギリスや今の経済学では、自由貿易が正しいと吠えています。
自由貿易とは、関税を引き下げて、競争条件を等しくすることなんだから、公平じゃないかと思うかもしませんが、産業力や資源の埋蔵量、国民の教育水準など、国によって、まったくレベルが違うのに、同じルールでやるということは、プロと小学生が一緒になってサッカーをやるようなもので、負ける国はずっと負け続けて貧乏から抜け出せません。
保護貿易は、自分たちのペースで守れるものは守りながら豊かになっていく方向性であり、自由貿易は、そんなことはお構いなしに、バトルロイヤルに放り込まれるみたいな感じですね。
3つ目は、地政学的戦略です。
アメリカはランドパワー型で、イギリスはシーパワー型と言えるでしょう。
一言で言えば、アメリカのランドパワー型とは、国を鉄道で繋ぎ、共存を目指すという方向性であり、イギリスのシーパワー型は、国を港で繋ぎ、競争させるという方向性です。
この点については、後で詳しく解説します。
そして4つ目は、最上の価値は何なのか?ということですが、
アメリカは人間の創造力であり、イギリスは天然資源です。
現在のGoogleなどのビッグテックを見て貰えば、イメージできると思いますが、こういう企業が生み出す付加価値というのは、そこで働く人の頭脳から生み出されるアイデアが源泉となっています。
なので、いいものを生み出すには、人を大事にすべきというのが、基本的な発想です。
それに対して、イギリスは、天然資源が最上の価値だとします。
石油や石炭、鉄鉱石などの権益ですね。なので、人は家畜だから、動けなくなったら捨てればいいし、たくさんいると管理が面倒になるので、多すぎるのは邪魔だ、ぐらいに考えています。
このように、まったく世界観が違うのが、イギリスとアメリカなのです。
なのに、価値観を共有する同盟だなんて、嘘っぱちもいいところなのです。
本当のアメリカ人は、イギリスなんて国は、月や火星あたりに丸ごと移住してもらって、二度と顔を合わさないで済めばいいのに、と考えているのではないでしょうか?

それで、これがハッキリと出ていたのが、南北戦争前の北部の州と南部の州の社会です。
北部は工業による発展をしてきたのに対して、南部は黒人を奴隷としてコキ使って、綿花を作って、それをイギリスに輸出することで、一部の大農場を持つ貴族だけが裕福な生活をすることができていました。
このように、産業構造が違ったことによって、社会インフラは、北部では道路や鉄道などが充実したのに対して、南部は税金をたくさん取られることを嫌がる貴族が多かったため、学校も道路も貧弱な地域が多かったようです。
また、街についても、北部は給料をもらっている労働者が多くいたため、商人や店主がいる小さなまちがたくさん生まれて繁栄しましたが、南部は少数の金持ちのために、大都市から外商が来るだけなので、小規模なお店や商人がやっていける余地が少なく、多くの街が生まれることはありませんでした。
そして、教育水準もまったく違いました。
北部では9割以上だったと言われていますが、南部は白人でも6~7割、黒人奴隷は3割以下だったようです。
このように、イギリスの下請けだった南部は、人を家畜として見るようなイギリス的な社会だったため、一部の人間だけが豊かになって、社会全体が発展するような感じにはなっていませんでした。
一方で、北部では、現在の先進国の先駆けのような社会が作られていったわけですね。
このように、イギリスとはまったく違う人間観、経済観、そして世界観を持っていたのが、19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカの保守政党だったのです。

そのため、19世紀のアメリカでは、保護貿易がいかに優れているのか?について、公に議論もされていましたし、この考え方を各国に輸出していました。
リンカーン大統領の政策顧問に、ヘンリー・チャールズ・ケアリーという人がいるのですが、この人が1937年の経済恐慌と、1942年の保護関税の成功を受けて、自由貿易を公然と批判するようになりました。
その文章を一部抜粋しますと
「稲妻のように、リカード・マルサスのシステム全体が誤りであり、それとともに英国の自由貿易システムも崩壊しなければならない」(参考:wiki「ヘンリー・C・ケアリー」)
以上です。
完全にイギリスのいうことは間違ってる、自由貿易はクソだと批判してたんですね。
ちなみに、リカードという人は、イギリスの有名な経済学者で、比較優位理論というのが有名なのですが、簡単にいうと、お互いが一番得意なものを輸出して貿易しあえば、お互いが豊かになれるはずだ、だから関税は悪だ!みたいな、自由貿易万歳みたいな理論です

まあ、これって現在の自由貿易体制のことなわけですが、実際には、これで豊かになってる国は一部だけで、貧乏な国はそのまま貧乏なままですし、何より日本の景気だって良くなってませんよね?
理屈上は正しそうでも、実際にはうまくいっていない。それを理屈がー!理屈がー!で押し通そうとしているのが、今の経済学者であり、その嘘臭さに、19世紀のアメリカはすでに気づいていたんですね。
この保護貿易が正しいという考え方は、ロシアやドイツなどでも採用されていて、ロシアの首相だったウィッテや、ドイツの鉄血宰相ビスマルクなどが、この考え方を推し進めて、産業を発展させていきました。
アメリカ型システムにおける地政学的な戦略
それで、先ほどイギリスとアメリカの世界観の違いという表の中で、地政学的な戦略について、ちょっと触れましたが、この点について詳しく見ていきます。
地政学とは、地理的な条件を見ていきながら、自国や各国の政治、経済などを分析して、国家戦略を考えていくという学問ですが、その中で、ランドパワーとシーパワーという概念があります。

ランドパワーとは、内陸国家のことで、領土の拡大を目指す国を指していまして、主にユーラシア大陸の強国である、ロシアや中国、ドイツなんかが、この戦略をとっていると見られています。陸軍重視なイメージがありますね。
それに対して、シーパワーとは、海洋国家ということで、港や基地などを充実させることで、貿易や戦争において有利な立場に立とうとする国々のことを指します。
これはアメリカやイギリス、日本などが挙げられて、海軍重視のイメージがありますね。
特にアメリカやイギリスは、自国の領土以外にも、世界各国に軍事基地を持っているので、シーパワーの国だと思われていると思います。
それで、ユーラシアのランドパワーの強国を、シーパワーの国々が各国に配備した基地や港を使って囲むようにして、外に出てこないように通せんぼするというのが、地政学的な観点からの戦いみたいなことが語られることが多いです。
しかし、これは完全にイギリスに都合の良い見方でしかありません。

先ほどのアメリカ型の世界観で見ると、アメリカはロシアや中国と同じような、ランドパワーの国なのです。
そして、ランドパワーの国は、別に領土拡大を目指すわけでもありません。
各国を鉄道で繋ぎ、共存していこうというのが、内陸部の国々の本来の姿だというのです。
普通に考えると、鉄道をつなぐとその国との物や人との交流が増えますし、その鉄道が隣の国のさらに先まで繋がっていくのであれば、なおさら迷惑がかからないように隣国との関係を良好にしようとするはずです。
これが港同士での関係ですと、ある国がやばくなったら、他の国から仕入れればいいわけですから、1つぐらい国を不安定にして武器を売った方がいいよねというクズな考えにもなりますし、
安いところから仕入れたいというオークション的な世界になりますから、各国による安売り競争が始まってしまって、競争に巻き込まれてしまう資源国は、ちっとも豊かになれません。
さらに、安く仕入れたいのであれば、政情を不安定にして、貧乏なままで働かせれば、人件費が安く済みますので、たまに紛争やら何かを起こして、社会を痛めつけた方が儲かるという発想にもなります。
アフリカで政情が不安定な国が多いのは、過去にアメリカやイギリス、フランスなどによる軍事介入がたびたび起こってきたからでしょう。
ここ数年で、さすがに西アフリカ諸国がブチギレて、クーデターを起こして、フランス軍とフランスの基地を追い出す国が増えていますが、これによって、これらの国々では、多国籍企業へのロイヤルティの引き上げがようやく行われるようになりました。

それで、19世紀後半から20世紀にかけて、ドイツはベルリンから現在のイラクのバグダッドを結ぶ鉄道を計画していました。
歴史の教科書では、イギリスの3C政策とぶつかったとか、植民地主義をドイツもやり始めたとか、否定的な見方のものが多いですが、もし開通してうまく貿易が進めば、この鉄道が敷いてある国との関係を悪化させるわけにはいきませんから、近隣諸国との関係はより良好になっていったはずです。

そして、これはアメリカとロシアにおいても、計画されていました。
ロシア帝国だった20世紀初頭に、アメリカの鉄道王たちがロシアに対して、アラスカとシベリアをトンネルで繋ぐ鉄道を作ろうと提案し、ニコライ2世も承認していたのです。
その後、第一次世界大戦でソ連になってしまったため、計画は頓挫しましたが、これがうまくいけば、米露関係はもっと良くなっていたでしょう。
このように鉄道を通じた貿易によって、隣国との関係を良好にできるというのが、アメリカ型システムにおけるランドパワーの戦略だったのです。
帝国主義だった当時は、領土拡大の意欲もあったでしょうが、内陸国の戦略というのは、それだけではなかったんですね。

じゃあ、シーパワー的な発想の国の鉄道の使い方がどうなのか?というと、こちらのアフリカの鉄道の敷設図でわかります。
ご覧の通り、南アフリカとその周辺では国を跨いだ鉄道網が見られますが、それ以外では、ほとんど国を跨いでおらず、
特に、赤い線で囲んでるのが、アフリカ最貧地帯の西アフリカ地域ですが、この辺りは港から内陸へ一本線が引かれているようなケースばかりです。
これは、内陸部の鉱山などの資源の採掘場と鉄道路線が繋がっているだけの状態を指します。単に、イギリスやフランスが、資源を搾取したいから鉄道を敷いたというだけなんです。
これでは、隣国との貿易関係が発展するとか、自国内で、ものがもっと流通しやすくなるとか、そんな状況にはなりません。この敷設図は、つい最近のものですので、いかにフランスやイギリスという国が、今の今まで、植民地経営をやってきたのかがわかりますよね。
これが、シーパワー的な世界観の国の実態なのです。
3、イギリスが起こした第一次世界大戦
というわけで、ここまでアメリカとイギリスでは、全く世界観が違うということを見てきましたが、そうは言っても、バイデン政権までのアメリカは、思いっきり世界中に迷惑をかけてきた国でした。
では、どのタイミングで、アメリカがイギリスに乗っ取られてしまったのでしょうか?
それは、おそらく、第一次世界大戦です。
この時に、イギリスが世界大戦を起こして、アメリカをイギリス側に引き込んで戦争に参加させていくことで、いじめっ子のジャイアンにしてしまったのです。
ここからは、いかにして、イギリスが第一次世界大戦を起こしたのか?そしてその理由について、解説していきます。

まず、第一次世界大戦前の欧州の状況について見ていきましょう。
第一次世界大戦は1914年に起こりましたが、その直前の状況としては、大きく2つの同盟に分かれていました。
1つは、イギリス、ロシア、フランスによる三国協商であり、
もう1つが、ドイツ、オーストリア・ハンガリー帝国、そしてイタリアの三国同盟です。
しかし、当時の欧州の王様というのは、互いに血縁関係にあったため、対立関係にあったとしても、交流はありました。
例えば、ドイツのヴィルヘルム2世は、お母さんがイギリス王室出身で、ビクトリア女王は彼のお婆さんであり、葬式の時にはイギリスに行ったりしてますし、ロシアのニコライ2世とはいとこの関係にありました。
今では犬猿の仲と見られているイギリスとロシアが同盟を組めていたのは、王様同士が親戚関係にあったからなんですね。
また、1890年まで宰相をやっていたビスマルクの頃のドイツは、ロシアともフランスともうまくやっていたため、こういった挑発めいた軍事同盟を結ぶこともありませんでした。
やはり、おかしくなったのは、ドイツのヴィルヘルム2世が王様になってからでしょう。

それで、このヴィルヘルム2世という人は、本当は王様になっちゃダメな人でした。
生まれた時に逆子で、低酸素状態だったらしく、頭があまり回らないで、感情的な人だったようです。さらに、両手の長さが違うという外見的なコンプレックスもあったらしく、いつも強そうに見せるために軍服を着てましたし、その軍服もあれがいい、これがいいと、注文が多かったようで、近衛兵の服装も15年で37回変更したというイかれっぷりでした。
こちらは、ヴィルヘルム2世の画像をいくつか貼ってみましたが、全部軍服で、同じデザインのものがありません。画像検索すると、このおっさんの軍服ファッションショーを見ることができます。
そんな躁鬱なのか、癇癪持ちなのかわかりませんが、ちょっとヤバめの人が皇帝になって
安定感抜群のビスマルクを追い出したのだから、さあ大変だ、というのが、大戦前のヨーロッパだったわけです。
陰謀だらけの第一次世界大戦
それで、この第一次世界大戦は、とても不自然なことがいっぱいありました。
1つめとして、サラエボでのフェルディナンド王子夫妻の暗殺です。

この事件をきっかけにして、第一次世界大戦へと突入していくわけですが、なぜこんな暗殺劇が起こったのか?というと、まずオーストリア・ハンガリー帝国の総督だった、ポティオレクという人が、王子たちがお忍びで行きたいと言ったのに、無理やり公式パレードにしましょう!とゴリ押しし、しかも、じゃあ警備隊を出しますよと、サラエボの警察が提案したところ、そんなものはいらん!と跳ね除けてしまったからです。
さらに、新聞などでも、公式パレードの予告が報道されたため、帝国に反感を持ってる暗殺団が企んでいるということで、各国の大使が暗殺があるかもよと警告を出していましたし、フェルディナンド王子本人すら、「俺、死ぬかも」って言ってたのです。

2つめは、セルビア政府の挑発です。
この事件は、オーストリア・ハンガリー帝国内のサラエボという街で起こったのですが、実行犯はお隣の国のセルビアの人間でした。
なので、帝国側としては、セルビア側に対して、共同で調査させろとか、容疑者を渡せとか、反帝国的な新聞を出させるなとか、いろいろと要求したのですが、セルビア政府は、このほとんどを拒否して、喧嘩を売りました。
普通に考えると、そんな挑発をしたら、攻められて負けてしまいます。なので、これほど強気だったのは、他の国の支援が当てにできるという確信があったからでしょう。
この事件後、反オーストリア帝国を煽っていたハルトウィグというロシア大使が、心臓発作で死んでしまったのですが、この人がいろいろと知ってたんだろうと思われていたものの、証拠隠滅的に消されたように思います。
また、結果的にオーストリア帝国はセルビアに攻めるのですが、速攻でロシアも参戦しています。準備万端にしていたというわけです。

そして、3つめが、チャーチルの反応です。
当時のドイツとイギリスは、貿易相手国として、それぞれ1位、2位の間柄で、かなり関係は良好と見られていました。
そのため、ドイツからチャーチルに直接、ドイツが参戦したら、イギリスは参戦してきますか?と聞いたのですが、「それはその時になって見なければわからない」と、はっきりと回答をせずにはぐらかしてしまいました。
それで、結局はドイツはロシアが参戦したので、オーストリアを助けるために参戦したのですが、そうしたら、すぐにイギリスとフランスが参戦して、第一次世界大戦というデカい戦争へと発展してしまったというわけです。
これは、1991年の湾岸戦争に似ているように思います。
当時、イラクがクウェートに侵攻する前に、アメリカに事前にお伺いを立てたところ、「俺たちは気にしないかもね?」みたいな感じで、誤解させるような言い方をしたため、安心して攻めたら、お前、どういうつもりだ!ということで、湾岸戦争でぶっ叩かれてしまったのです。
チャーチルとドイツとのやりとりも、初めからやる気満々だったのに、そのそぶりを見せないことで、まんまと欧州全体を戦争に巻き込んでしまったというわけです。
このように、不自然なことだらけの第一次世界大戦ですが、歴史本では、あれよあれよで、各国が巻き込まれていって、大変な大惨事になった、誰にも責任はない、しょうがないみたいな書き方がされてることが多いですが、
この裏には、イギリスがいて、その目的はアメリカ型システムの破壊だったというのが、ラルーシュの見立てです。

第一次世界大戦後に、多くの国が民族ごとの新しい国を作り、ナチスドイツやソ連などの、荒っぽい政権ができて、世界中が不安定になって、隣国との協調どころではなくなりました。
また、オスマントルコが解体されたことで、エジプトやイラクなどの弱小国家を簡単に植民地化できる状況にもなりました。
このように、各国の政情を不安定化させることで、貿易どころじゃない状況にして、アメリカ型システムを捨てさせたのです。
また、アメリカはアメリカで、イギリスの手下のウィルソン大統領になったことで、喜んで第一次世界大戦に参戦し、ドイツをぶっ叩いて降伏させました。
その後、国際連盟が作られますが、これによって、それまで孤立主義を貫いてきたアメリカが、世界中のいろいろな問題に口出しをするようになっていきます。その裏にはイギリスもいますから、いいように操られるようになったわけです。
なので、これをジャイアンで例えるなら、アメリカがなりたかったのは、リサイタルで自分の歌をみんなに披露するようなヒーローだったのに、スネ夫というイギリスに唆されて、いじめっ子になってしまった、みたいな感じでしょうか。

それで、イギリスというのは、そういうことを今現在もやり続けています。
その最たるものが、ウクライナ戦争でしょう。
これは2014年のマイダン革命以降、ウクライナをロシアと戦わせるために、英米のグローバリストが武器を供給したり兵士を訓練したりしてきました。
なぜウクライナが選ばれたのか?というと、政治家が腐敗していたということもそうですが、ロシアから多くのパイプラインが引かれている地域だったということもデカかったと思います。
パイプラインも鉄道と同じで、隣同士の国との関係を良好にしなければ、困る仕組みのものです。ロシアは、ヨーロッパに多くのパイプラインを作って、関係を構築してきましたので、このままいけば、欧州からロシアにかけてのエリアは平和になってしまいます。
イギリスは、世界を分断して、金融で搾取したり、政情不安に陥れたり、軍事介入して、貧乏なままに追いやることで食ってきた国ですから、このまま欧州とロシアがパイプラインで繋がることは不都合だったのでしょう。
ですが、現在のウクライナ戦争は、プーチン氏がわざと長引かせることで、イギリスの軍事力と経済力を浪費させる作戦に出ており、ジリ貧な状態になってきつつあると思いますし、
アメリカはアメリカで、今回のイラン戦争でロンドンの海上保険を機能不全に追い込んだり、NATOは全然俺たちに協力してくれないと嘆いて見せて、米軍の欧州撤退の口実を作っているように思います。
先の大戦の頃とは違って、イギリスにはまともな産業力もないですし、ロシアや中国などの、イギリスのいうことに乗らない大国が増えてますので、もうすぐ、この寄生虫みたいな国も破綻して、もうすぐ本当のアメリカ型の経済システムを採用する国が、たくさん増えていくのではないでしょうか?
特に、現在起こっているイラン戦争が、これからどのようにイギリスが作った自由貿易システムを壊していくのかに注目ですね。
イラン戦争については、また別の動画で、引き続き追いかけていきたいと思います。







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