【神々の沈黙】人類は、3000年前まで、本当に無垢の巨人だった説 | イエ&ライフ

【神々の沈黙】人類は、3000年前まで、本当に無垢の巨人だった説

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この記事では、「人類は、3000年前まで、本当に無垢の巨人だった説」ということで、やっていきたいと思います。

 

1、はじめに

皆さんは、「進撃の巨人」という漫画をご存知でしょうか。

別冊少年マガジンで2009年から2021年まで連載されていた作品で、作者は諫山創先生です。

 

 

どんな話かざっくりというと、パラディ島という島の中で、しかも、壁に囲まれて住んでいた主人公たちが、巨人の襲撃に遭い、壁を壊されたことで、壁の外にウジャウジャいた巨人がどんどん入ってきて、人間たちを食べまくっていくというお話です。

この巨人のほとんどが、無垢の巨人と言われる存在で、思考を持たず、人を襲って食べることだけを本能として持っているという設定となっています。

 

進撃の巨人は、その設定からして、ぶっ飛んでいるものの、壁の中でのほほんとしてたら、外から大変な災害がやってきたとか、何も考えない巨人がウジャウジャいるとか、「これって日本のことじゃね?」「日本人のことじゃね?」と思わせるような、読み方によっては、いろいろと考えさせられる内容のため、私も何度か読み返してしまいます。

そんな進撃の巨人に出てくる無垢の巨人なのですが、実は、これってただの作り話ではなく、3000年ぐらい前までの人類は、こんな感じに近かったのではないか?というのが、今回のお話のテーマです。

 

まず、そう思う根拠について、簡単に3つほどご紹介します。

 

(1)殉葬

1つ目は、殉葬です。

 

(参考:ナショナルグラフィック日経新聞

*日経新聞では、全文を読めます

 

今から4500年ほど前に、メソポタミア文明の初期の頃に、シュメール文明がありましたが、ウルという遺跡からいくつかの墓が発見され、それぞれの墓に70名から80名近くの殉死した人たちの跡が見つかっています。

しかも、これらの殉死者の多くが、毒を煽って死んだと考えられており、反抗した形跡などはありません。今の私たちであれば、例えば、親父が死んだから、お前も一緒に死ねよ、なんて言われたら、速攻で逃げますよね。

 

こういう偉い人と一緒に殺されて埋葬されるというのは、おそらく、今の人たちは全く違う精神構造だったことが推測されます。

それこそ、無垢の巨人のように、死に対して怖くないとか、思考する力がないとか、そういう意識のない人でなければ、こういうことはできなかったのではないでしょうか。

 

(2)枢軸の時代

2つ目は、枢軸の時代です。

 

(参考:wikipedia「枢軸時代」)

 

枢軸の時代とは、ヤスパースという哲学者が名付けた言葉で、紀元前5世紀前後に、世界中で「人とはどうやって生きていくべきか?」みたいなことを考える人が、現れたことを指します。

 

中国であれば、孔子や孟子などの諸子百家が、インドの仏教やウパニシャッド哲学、イランのゾロアスター教、ギリシャ哲学などが、紀元前5世紀を中心に、各地で生まれているのです。

今の世の中でも、「俺の人生とは何か?」みたいなことを考える人もいれば、テキーラ飲みながら「バイブスあげてこー」とはしゃぐ人もいてと、色々な人がいますが、逆を言えば、これらの哲学や宗教、思想が生まれる前って、こんなことを考える人がいなかったってことですよね?

 

(参考:wiki「イーリアス」)

 

例えば、古代ギリシャで、紀元前1230~850年の頃に作られたと言われている、イーリアスという叙事詩があります。

トロイ戦争についての話で、アキレスやアガメムノンなどの人間も出てくれば、ゼウスやアテネ、ポセイドンなど、日本でもお馴染みのギリシャ神も出てくる話なのですが、この話の中では、アキレスなどの人間側は意思とか、思考とか、計画とか、そういうものがありません。

 

つまり、アキレスやアガメムノンは、ゼウスやアテナなどの神様に命令されて、動く存在として描かれているのです。

これって、ジークが無垢の巨人に命令することで、動き出すのとそっくりじゃないですか?

 

(3)インカ帝国の滅亡

そして、3つ目が、インカ帝国の滅亡です。

16世紀に、スペインのピサロが、南アメリカにあったインカ帝国を滅ぼして、植民地にしました。

 

(参考:wiki「カハマルカの戦い」)

 

しかし、コルテスがインカ帝国のあるペルーに上陸し、インカ皇帝軍と戦った時には、180人ほどしかいませんでした。

なのに、8万人もの兵隊に守られた皇帝が捕虜にされ、その後に数千人を殺して、征服したっていうのは、どう考えても不自然ではないですか?

 

天然痘が感染したから、一気に死んだという話もありますが、天然痘に感染してから死ぬまで、2週間ぐらいかかるそうです。

今目の前でインカ皇帝が捕えられて、しかも、自分たちに向かって襲いかかってきたスペイン人は、わずか180名しかいなかったんですよ?それで、その場にいた数千人が殺されるなんて、どう考えてもおかしいでしょ?

 

しかし、これも、当時のインカ帝国の人たちが、無垢の巨人だったのであれば説明がつきます。

王様から命令されなければ、何も動けない、まるでロボットのような人たちだったのであれば、隣で人が殺されても、どうしていいかわからないので、そのままやられてしまったのでしょう。

 

というわけで、アステカ帝国やインカ帝国などの中南米では、500年前ぐらいまでは、無垢の巨人だった可能性はありますが、それ以外の世界においては、だいたい3000年前ぐらいまでは、無垢の巨人だった可能性が、ちょっとはありそうだということが、ご理解いただけたと思います。

では、なぜ3000年以上前の人類は、無垢の巨人だったと言えるのでしょうか?この動画では、その理由について、解説していきます。

それでは、参りましょう。

 

参考書籍

その前に、今回参考にした書籍をご紹介をします。

それがこちらの、ジュリアン・ジェインズ教授の「神々の沈黙」です。

 

(参考:amazon「神々の沈黙」)

 

この本は、マジでヤバいです。

人間の意識というのは、どうやって生まれたのか?ということについて、徹底的に追求するために、心理学、人類学、歴史、哲学、文学など、本当にいろいろな学問を横断していきながら、自分の理論を作り上げています。

結局、生きている間には、この本しか出さなかったようですが、本当に集大成のような書籍になっています。

 

最初の方は、ちょっと抽象的な話が多くて退屈するかもしれませんが、途中から文献や遺跡、史料などをもとに解説するあたりになると、退屈だった話が俄然意味を持ち始めてすごいことになっていきます。

昔からこの本は、いつか紹介したいと思っていたのですが、今回やばいネタを思いついたので、記事(動画)にすることができました。

 

500ページ以上あるので、読むハードルは高いですが、話自体がぶっ飛んでいるので、なぜこんなぶっ飛んでいることを考えているのか?について、丁寧に解説してくれてますので、あまり難しいと感じずに読むことができると思います。

(amazon「神々の沈黙」はこちら)

 

それでは、本題に参りましょう。

 

2、二分心とは?

ジュリアン・ジェインズ教授のこちらの書籍で主張している仮説は、「二分心」説です。

これは、昔の人たちは、意識なんて持ってなくて、神々の声に従って、日々生活していた、という仮説です。まさに、無垢の巨人みたいだったという仮説なんですね。

 

意識とは何か?

ジェインズ教授の話の前に、まず私たちの肌感覚で、意識について、考えたいと思います。

 

 

例えば、子供時代の記憶を遡ってみると、いつぐらいまで覚えてますか?

私はおそらく3歳か4歳ぐらいだと思います。それ以前の写真を見せてもらっても、全く覚えてないことが多いです。

 

それと、子供時代、これはおそらく10歳前後ぐらいまではあったと思うのですが、なかなか寝つけない時って、親の声が頭の中で鳴り響いてた時期がありました。

その日に怒られたこととか、話したことが、その音声も含めて、頭の中で勝手に再生されるような感じです。

 

睡眠中に脳は記憶の処理をするそうですが、まだ寝てないのに、そんなことが勝手に起こっていたような感じでした。

何も考えたくないのに、勝手に頭に何かが浮かんできたり、声がしたりと、怖いわけでは無いのですが、何だろうなと思ってた時期がありますね。

 

また、以前に2030-40年、医療の真実という書籍を紹介したことがありますが、この本の中では、本当にいろんな認知症の方の症状が紹介されています。

夜中に大音量の音楽を鳴らしたり、何か言われるといきなりブチギレるとか、決まった時間になると、外に出て徘徊するとか、いろいろな症状の人がいるようですが、これらの人って、意識があると言えばあるのでしょうが、私たちのイメージする意識とはちょっと違うような感じがしますよね。

 

こんな感じで、普通からちょっと離れた状態の脳みそや意識の状態というのは、そこここで実感したり、見たりしていると思います。

 

ジェインズ教授の考える意識とは

では、ジェインズ教授が考えている意識とは、どういうものなのでしょうか?

私たちが普通に思っている意識よりも、かなり限定しています。

その条件をざっくり、5つにまとめました。

 

 

①心の中に空間がある

1つ目は、心の中に空間があることです。

自分の心は心臓にあるのか、頭の中にあるのか、みたいな話がありますが、いずれにせよ、自分というものが、そのあたりにあるという感覚を持っていることは確かだと思います。そのような空間があって、そこであれこれ考えられるということが1つの条件となります

 

②抜粋

2つ目は、抜粋です。

例えば、昨日を何をした?と聞かれた時に、テニスをしたと答えたとします。

ですが、その日にやったことは、テニスだけではないはずです。本を読んだとか、買い物をしたとか、それ以外にもいろいろとあるはずですが、それらの中から1つ選んで答えようとすることも意識の特徴です

 

③アナログの私

3つ目は、アナログの私です。

例えば、何かムカついたことがあった時に、あの時ああしておけばよかったって、あいつにああ言ってやればよかった、って思うことありますよね。

その時に想像しているイメージは、おそらく、自分がその人にちゃんと言い返している姿でしょう。そういう自分を想像できることも、意識の特徴です

 

④物語化

4つ目は、物語化です。

自分の行動を正当化させる時に、咄嗟にいろいろと言い訳が思いつきますよね。言い訳とは、その行動の元になった原因を有る事無い事でっちあげることですから、過去から現在にかけての自分を物語化していると言えます。

 

または、今やってる仕事は、自分の将来にとってこういう意味があるんだと、意味付けることもあるでしょう。これだって、現在と将来の自分を物語化していると言えます。

このように、自分を時間軸の中において、あれこれ考えるということも、意識があるからこそできるわけです。

 

⑤整合化

5つ目は、整合化です。

朝言ってたことと、夕方言ってたことが全然違うのって、カッコ悪いという感覚がありますよね。変化に対応している人もいれば、ただの支離滅裂なやべえ人に見える人もいるでしょう。

 

人間は、首尾一貫していることをかっこいいと考えがちですから、自分の言ってること、やってることが、過去に言ってきた事、やってきたことと整合性が取れているかを気にします。このようなことも意識があるからこそできることでしょう。

 

ちょっと5つも挙げたので、わからなくなってきたかもしれないので、私なりに強引に解釈すると、

「選択肢の中から選び、またはどんな選択肢があるのかを考えられるレベル、これが意識のある状態」

だと思います。

 

どちらかというと、ここでの意識とは、思考に近いかもしれませんね。

なので、ここからは、意識や思考としておきます。

 

ということは、選択肢がない状態、つまり、感情的な状態では、意識や思考がないと言えます。

例えば、怒りで錯乱状態の人がいたとして、その人って、今意識や思考ありますか?って話です。

 

感情に没頭している最中は、自分でもコントロールが効かない、つまり選択肢がない状態なので、意識や思考がないと言えます。

一方で、感情が全面に出なくても、何も考えられない時ってありますよね。受験に落ちて、ショックで途方に暮れるとか、旅行をしてたらスリにあって、パスポートを取られて呆然としてしまうとか、仕事でデカいミスをして、どうやったら建て直せるのかわからなんとか、そういう時って意識や思考はなくないですか?

 

ジェインズ教授の昔の人は意識がなかったというのは、こういうレベルの状態の人たちだと考えれば、イメージしやすいのではないかと思います。

決して、意識不明の重体とか、そういうわけではなく、仕事場でも家の中でも、指示待ち人間のような感じですね。指示があれば、何かやるでしょうが、それがないと、ずっとそのまま電池の切れたロボットのような、人を襲わない無垢の巨人のようなものだと言えるでしょう。

 

ですが、仮にそういう状態だったとして、こんなレベルの文明を作れるでしょうか?

ありえなさそうですよね。

 

二分心仮説

そこで、ジェインズ教授が考えたのが、二分心という仮説です。

人間の脳は、左脳と右脳に分かれますが、この右脳の側から左脳の側に、命令がいく時に、神の声として聞こえていたのではないか?というのです。

 

(参考:amazon「神々の沈黙」)

 

実際、ジェインズ教授は、左脳の言語機能を担うウェルニッケ野という部分の、ちょうど反対側の右脳の部分を電気刺激するという実験をしたところ、幻聴が聞こえたという被験者がたくさん出たといいます。

この部分のウェルニッケ野は、前行連という左脳と右脳を繋ぐパイプのすぐ近くにあるので、このパイプを通じて右脳から左脳に情報が行ったのだろうというわけです。

 

左脳は主に論理的にものを考える機能があり、右脳はひらめきとか、直感とか、感覚的なことを処理すると言われています。

そして、ここでポイントになってくるのが、当時の言葉は、音だったということです。

識字率がまだまだ低かった時代に、言葉とは音声でした。

 

子供時代、本を読む時って、最初は声に出して読みましたよね。その後、いつの間にか黙読ができるようになっていきますが、昔の人たちは、話し言葉だけなので、言葉とは音以外に出力できない状態だったはずです。

つまり、ひらめきや直感、選択肢の中から、どれを選ぶべきか?こういうことを右脳が処理して、左脳に送る時、それは音声データという形でしか、送りようがなかったのではないか?

 

そして、その声は、頭の中に直接響く声だったので、自分が生み出したアイデアだとは気付かずに、まさに神からの声だと錯覚してしまったのではないか?というわけです。

 

イーリアスの登場人物には、意識がなかった?

ほんまかいな、と思うかもしれませんが、これを示す証拠として、ジェインズ教授はいろいろと、証拠を挙げているのですが、その中でも、紀元前1230~850年前、つまり今から3000年ぐらい前に作られた物語である、古代ギリシャの叙事詩であるイーリアスについて、紹介します。

 

楔形文字や象形文字など、今から5000年以上前からある古代文字は、文脈によって、かなり意味が異なってくるらしく、解読者の主観によって、かなり左右されるのだそうです。

そのため、そういった余地のない作品をジェインズ教授は探したところ、イーリアスに行き着いたといいます。このような問題意識を持っているため、現代文への翻訳者の力を借りずに、一から古代ギリシャ語を学んで、原文にあたったのだそうです。

 

この辺りの、自分が知りたいことを追求するためには、門外漢の分野にも、一から学びにいく姿勢が、研究者としてガチな感じがして、尊敬します。

その結果分かったことは、イーリアスに出てくる登場人物には、意識がなかった、ということでした。

 

 

こちらの表は、ギリシャ語で心とか魂とか、精神とか、そういう意味で使われる言葉ですが、イーリアスでは、その使われ方は、血とか息とか、横隔膜とか、全て具体的な行動や、目に見えるものにしか、使われていなかったのです。

 

例えば、プシュケーが流れたという文があった場合、普通、プシュケーは魂とか心などの意味がありますが、「魂が流れた」なんて言われても、意味が通じませんよね。

なので、これは「血が流れた」の方が適切です。

 

こんな感じで、一つ一つの単語を文脈に沿って解釈していくと、全て目に見えるものや、行動を指し示しており、内面を表す描写が一切なかったというわけです。

 

イーリアスは、神が人間をそそのかす物語

では、イーリアスとはどんな内容のものなのでしょうか?

ギリシャ神話を題材として、トロイ戦争という実際にあったものに基づいた物語ですが、アキレスやヘクトルといった人間だけでなく、ゼウスやヘラ、アテナ、アポロン、アフロディーテ、ポセイドンなど、さまざまな神様が登場します。

 

では、これらの神々が何をするのかというと、登場する人間を唆すのです。

美の神であるアフロディーテは、スパルタの王女のヘレネーを誘拐するように、トロイの王子のパリスをそそのかして、パリスはヘレネーを誘拐してしまいます。

 

つまり、万引き犯が、俺が盗んだんじゃない、俺の右腕が勝手にやったんだ、みたいな言い訳を延々と神様に押し付けて、人間たちが戦ったり、裏切ったり、復讐したりする物語だというのです。

なので、人間は、はっきりと計画するとか、こういう感情を抱いたから、このように行動したとか、そういうものがはっきりせず、全部神様がやれといったからやった、みたいな話になっているのです。

 

 

それがわかる部分として、アキレウスが、アガメムノンという味方軍の大将が、自分の愛人を奪ったことを蒸し返すのですが、その時にアガメムノンはこう言います。

「それは私のせいではなく、ゼウスと、私の運命と、闇をいく復讐の女神エリニュスのせいだ。あの日の集まりで、神々に心を狂わされたので、私はアキレスの戦利品を無法にも奪った。だから、どうしようもなかったではないか。神々は常に思い通りになさる」

以上です。

 

完全に、俺の右腕が、勝手に動いたんだ、みたいな話ですよね。

しかも、愛人を取られたアキレウスも、ああだったらしょうがないな、みたいに、受け入れてしまっています。

普通に考えたら、こんな話あるかい!と思ってしまうでしょう。

 

ですが、人間の頭の中で、神様の声が鳴り響いてしまっていた二分心の時代の話だとすれば、納得がいくと思います。

なので、当時の人たちは、右脳からの指示待ち人間だった、という意味で、自ら考えている自覚がない人だったというのが、ジェインズ教授の主張なんですね。

 

そう考えると、世界中に宗教とか、神という存在があることにも理由がつきます。

言葉の数が少なく、論理的な思考や、自分の頭の中で言葉を使って考えられなかった時代には、右脳からのダイレクトに届く声が、神からの声のように聞こえてしまっていたというのです。

みんな毎日のように神の声を頭の中で鳴り響かせていたのです。

 

だったら、この命令してくる神、何をすればいいかを教えてくれる神の存在を信じますよね。

神様に祈るのとか、御神託を授かったとか、そういう話が世界中にあって、信じられていたのは、それを信じている人たちも、実際に自分の頭の中で神様らしき存在からの声が聞こえていたからなんですね。

 

3、二分心が崩壊した証拠

最後に、二分心らしきものがあった時代と、なかった時代がはっきりわかる資料をご紹介します。

それがこちらのハンムラビ法典と、約500年後のトゥクルティ・ニムルタ1世の台座です。

 

(参考:wiki「ハンムラビ」神々のコレクション

 

左側の画像がハンムラビ王と神様を表しています。左側に立っているのが、ハンムラビ王で、右にいるのが太陽神シャマシです。

この石碑は、「目には目を、歯には歯を」で有名な、ハンムラビ法典です。

 

紀元前1792年から1750年まで、バビロン王国を収めていた王様です。

上部に、このような彫刻がされており、ハンムラビ王が太陽神シャマシから教えられた法律だという意味なのでしょう。この時期は、王様は神様の声を聞くことができていたと解釈できます。

 

そして、右側の画像が、ハンムラビ王から500年後のトゥクルティ・ニムルタ1世の頃の台座です。

ご覧の通り、左側に2人の人物がいて、右側の王様が座る台座には、誰も座っていないことがわかりますね。2人の王様らしき人物は、空の台座に向かって指を指していますので、台座が空であること、神がもういないということを強調しているものなのでしょう。

 

ハンムラビ王の頃は、右脳から響く神からの声は聞こえていたのが、紀元前1200年ごろになると、それが聞こえなくなったというように理解できます。

この空の台座が彫られている台座は、今から3200年ぐらい前ですから、場所にもよるでしょうが、ざっくり3000年ぐらい前には、ようやく右脳で鳴り響いていた神の声が聞こえなくなって、人類は無垢の巨人から抜け出し始めたと言えるのではないでしょうか?

 

最後に

というわけで、今回は、人類は3000年前は、無垢の巨人だった説について、解説してみました。

二分心時代が壊れてきたのは、今から3000年前後と思われますが、おそらく、その理由は、それぞれの文明が作り出してきた言葉の数が、ジェインズ教授が考える意識を作り出すための条件を満たしてきたからだと思います。

 

(参考:wiki「キープ」)

 

逆にインカ帝国が、つい500年前まで無垢の巨人だったのは、そのような文字を持っていなかったからでしょう。

ケチュア語という言葉はありますが、文字はなく、キープと呼ばれる縄の結び目を使って、数や統計などを表現していたそうです。

 

なので、目で文字を見ることができず、頭の中でものを考えようにも、音声でしか言葉を表現することができず、どうしても神の声と混同してしまったのかもしれません。

昔の人の頭の中を再現することはできないので、あくまで想像でしかありませんが、二分心という理論を使うと、いろいろなことの説明がつくので、興味のある方は、一度「神々の沈黙」を読んでみることをお勧めします。

 

この記事を書いた人
ゴトウ

証券会社で12年間勤務。営業と店舗マーケティングに従事後、2018年から当サイト「イエ&ライフ」を運営しています。

不動産価格の動きの理解や今後の予想は、金融マーケットの知識があると理解しやすいため、読者のお役に立てるのではないかと、サイトを運営しています。

また、2024年からYoutubeチャンネルも始めました。
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