この記事では、「人のいく、裏に道あり花の山。医療崩壊を逃げ切る、癌との向き合い方」ということで、やっていきたいと思います。
1、はじめに
日本の社会保障費は年々増加傾向にあり、2040年には、今よりさらに3割増える見通しです。
2040年は、医療費、介護費がかかる85歳以上の人口が最も多い時期であり、これから15年間でどうやってこの金を捻出するのか?おそらく、誰も想像できていないと思います。

今回の参院選挙における、各党の社会保障費に対する政策を見てみると、自民党は仕組みは今まで通りで、経済成長という名のインフレで、誤魔化すという方法を掲げていました。
要するに、今まで通りということなのです。
自民党は医師会が支持母体なので、開業医の利権団体の医師会の言うことを聞かないといけないため、電子カルテものらりくらりで先延ばししてきましたが、いよいよ団塊世代が後期高齢者に全員突入した2025年となったため、重い腰を少し上げたような印象です。

参院選前の5月に、自民、公明、維新の3党で、医療費を削減するために11万床を削り、年間1兆円の医療費削減をするということと、電子カルテなどのDX化をやっていくことの合意がされましたが、先送り体質のツケが、今回の参院選の結果となって現れたような印象です。
今回の選挙では、事前予想の段階から、参政党が大きく議席を伸ばしそうだということで、参政党の政策に対しても、注目が集まりました。
以前にこのチャンネルでは、歴史教育についてちょっと触れましたが、それ以外にも、けっこう注目があったのが、この医療制度の見直しです。

安楽死の導入や、延命治療の自費扱い、あれの注射についてなど、今までメディアでは、タブーとされてきたけど、国民が薄々感じていたことを公約に掲げたこともあって、新聞テレビを中心に、ネガキャンに使われているような印象がありました。

また、こちらの動画は、幾つもの病院を経営されている中田院長のYouTubeチャンネルの動画ですが、お医者さん目線で見ると、参政党の安楽死合法化や、延命治療の自費負担は、医療費に占める割合が数%程度なのに対して、社会に対するモラルの変化とか、そう言うデメリットが大きすぎるという批判をされていました。
中田院長が、この動画の中で話されていたことは、もし、医療費を本気で削減するのであれば、抗がん剤治療を自費にするとか、そう言うことの方が効果がでかいと言うことでした。

ただ、もしこういう議論をするのであれば、もう国民皆保険自体を辞めるかどうか、という議論も含めてやるべきではないか?とも話されていました。
確かに、今のまま行けば、病院や介護施設がバタバタ潰れて、患者さんが病院にかかりたくても、かかれなくなるから、結果的に医療費が削減されるという未来しかないように思います。これはイギリスで実際に起こっていることのようです。
なので、おそらく、今後医療制度についての、根本からの議論が始まるのだろうと思いますが、それに対して、私たちはどのように自衛をしていくべきなのでしょうか?

おそらく思いつくのは、健康管理でしょう。
運動や食事などに気をつけて、なるべく医者にかからない体を維持するという方向性です。
そして、もう1つが、そもそもの医療や病気に関する知識武装です。
今回の記事では、日本の高齢者の死因の半分を占める、がんについて、どのように捉えたらいいのか?もっと楽に生きられるのか?を考察していきます。
それでは、参りましょう。
参考書籍
まず最初に、この動画を作成するにあたり、参考とした書籍をご紹介します。
それがこちらの「私はがんで死にたい」です。

著者は、小野寺時夫さんという方で、消化器がんの外科医や、終末期医療施設のホスピスでも働いていたことのあるお医者さんで、2500人以上の患者さんを看取ってきた経験豊富な方です。
ご実家が、岩手の千厩町ということで、おそらく、高校は一関一校だと思います。私も同じ高校を出ているので、先輩ですね。
また、この本自体は、2012年に出されたもので、すでに13年前のものです。小野寺先生は2019年に、著書のとおり、がんで亡くなられています。
序文は久坂部羊さん
そして、この本は今年新版で再刊行されたのですが、その序文を書かれているのが、作家でお医者さんでもある、久坂部羊さんです。

この人の本に、「廃用身」という作品があるのですが、20年ぐらい前に読んだ時に、衝撃を受けました。
寝たきり老人の面倒を見る福祉施設を舞台にした物語なのですが、患者さんの手や足を切って仕舞えば、体重が減るので、介護士さんの作業が楽になるし、手足がない分だけ、身体中に血液を送るための心臓の負荷が減るため、健康になって、お年寄りが生き生きするようになる、という設定のお話だったと記憶しています。
現役のお医者さんが書いている本なので、素人が読むと、医学的なリアリティを感じるため、「本当にこの方がいいんじゃね?」と思ってしまうような内容でした。
このように、現在の日本の医療について、ゼロベースで考える人が、この本の序文を書かれていたため、新聞やテレビが垂れ流すがん治療の現場とは、全く違う現実を見せてくれます。
それでは、本題です。
2、なぜ、死ぬならがんがいいのか?
まず最初に、なぜそもそも、何千人と癌の治療をして、看取ってきたお医者さんが、自分が死ぬならがんがいいというのか?その理由について、ご紹介します。
シニア向けの雑誌を見ると、ピンピンコロリとか、安らかな寝顔でとか、そういう言葉をたまに見かけます。

なので、おそらく、自分の死というものを深刻に考えたことのない私たちからすると、とりあえず、こういう感じがいいんだろうなあと思っている人は多いはずです。
ですが、小野寺先生は違うと言います。
まず、ピンピンコロリ、つまりポックリ死ぬということは、脳梗塞や心筋梗塞などが挙げられるのですが、激烈な痛みを伴うそうです。
そのため、本人は突然やってくる痛みと、死に対する恐怖が半端ないというのです。
また、それ以上に残された家族のショック、精神的なダメージが大変だと言います。
「あの人に、もっと世話をしてあげればよかった。」と言った後悔が、なかなか消えないというのです。
個人的に、これは確かにありそうだなと感じました。

では、老衰死はどうでしょうか?
私が中学生時代に読んでいた銀河英雄伝説という小説でも、ヤン・ウェンリー提督は、戦場で死にたくない、孫やひ孫に囲まれて、老衰死で逝きたいと言ってました。
ですが、実際の老衰死とは、何年も寝たきりの後に訪れるものだと言います。
看護師や介護士、家族の世話に何年もなりながら、日々衰えていく体を実感しながら、無意に時間だけが過ぎていくというのは、なかなかの苦痛だろうというのです。
下の世話なんかもしてもらうことになりますので、恥ずかしさから逃げるために、ボケてしまうという人もいるようです。これもなかなか悲惨ですよね。
ヤン・ウェンリー提督も、この事実を知れば、老衰死は勘弁願いたいと思ったのではないでしょうか?

では、がんによる死とは、どのようなものなのでしょうか?
癌の場合は、がんと気づいてからでも、すぐに死ぬわけではなく、数ヶ月から数年の時間があります。そのため、家族との別れにも時間を使えますし、終活のための準備も進められます。また、やりたいことをやるための踏ん切りもつきます。
さらに、緩和ケアなどを利用することで、自分の死や痛みをコントロールすることもできるので、自分らしく人生を終えることができるというのです。
このように、比較してみると、確かにがんが1番マシだと感じてしまいました。
そもそも、がんとは何なのか?
ですが、がんになったら、とりあえず治したいと思う人が大半でしょう。
しかし、そもそも、ガンとは何なのでしょうか?

がん細胞というのは、普通の人の体でも、1日5,000個以上生まれるそうです。しかし、それを免疫細胞が退治してくれるため、大事にならずに済んでいるというのです。
また、がん細胞が眼に見える大きさになるまでには、10年から15年ぐらいかかっているそうです。
なので、がんが見つかったと言って切除しても、他に転移してたという話を聞きますが、すでに10年とか15年前から、他の場所でも同時並行的に育ってきてて、それが見つかるタイミングがズレてたというのが、実態だと言えるでしょう。
そして、ガン患者の余命についての医者の見立ても、たびたび外れるそうです。メカニズムもわかってないため、癌の特効薬もできそうにないと言います。
このような癌の性質から、小野寺先生は、ガンとは、人間が長生きし過ぎないために、自然が与えた摂理ではないかという結論に達したそうです。
がんを治療するということそのものが、自然の摂理に反することだからこそ、酷い目に遭う人が多いのではないか?というわけです。
実際、この書籍を通じて感じるのは、ある治療法がうまく行った理由が、小野寺先生自身もよくわからない、というか例外となる患者さんがけっこうあるということです。
例えば、抗がん剤を使って治った患者さんの例が書かれてますが、同じ症例の20以上の人たちに同じ治療法を行なったものの、効果がなかったということも述べられています。
もし、がん治療が、こういう因果関係がわかりにくい、あやふやなものであるならば、確かに、がんは自然の摂理だと捉えた方が、諦めがつくような気がしますね。

また、現在の日本の医療制度が、がん治療を苦しめていると言います。
この書籍の内容は、13年前のものですが、久坂部氏の序文を見ると、ほとんど変わっていないというので、おそらく現在もこんな感じなのでしょう。
まず、ガンというと、手術したがるお医者さんがいると言います。
特に外科医の先生は、手術以外のがん治療は敗北と捉える人もいるらしく、また、治療方針を決めるのは担当医の希望が通りやすいため、その患者さんにとって、最適な治療法は何かという議論にもなりにくいというのです。
さらに、抗がん剤も効くガンと効かないガンがありますし、手術しても延命効果に繋がらない場合もあると言います。
こんな感じで、日本のガン治療は、手術してなんぼ、という時代が長く続いてきたこととや、癌の告知=死刑宣告みたいなイメージもあったため、がんを前向きに捉えるという価値観が育たなかったことなどから、一か八かのガン治療で、返り討ちに遭う人が続出してきたのでしょう。
なぜがんと宣告されると、必ず治したがるのか?
しかし、このような現状が分かったとしても、いざ、癌だと宣告されたら、ショックですし、やはり無謀な賭に出る人は多いと思います。なぜでしょうか?
それは、我慢して生きているからです。
自分のやりたいことを後回しにしている結果、いざ癌だと知ったら「まだやりたいことを全然やれてない」ということで、慌てて何かをしようとするからなのでしょう。

また、小野寺先生が看取ってきた方々の中で、安らかな最後を遂げられなかった人の特徴として、金や権力で人生が思い通りになってきた人もだそうです。
大抵のことは、金や権力で何とかなってきた人でも、死ぬことは避けられませんから、それをいつまでも受け入れられないというんですね。
やりたいことを我慢し続けてきた人と、わがまま放題やれてきた人が、同じように最後で苦しむというのは、人生というのは、よくできているなと感じました。
3、財政破綻した街の医療崩壊の現実とは?
ここまでは、小野寺先生のご経験による、がんについての話でしたが、すでに、このような感じで、がんだけでなく、老衰死も受け入れてきた街があります。
それが、財政破綻後の夕張市です。

こちらの動画は、森田洋之先生という方のプレゼン動画です。
財政破綻後の夕張市でお医者さんをやっていた経験を語っている内容のものです。
すでに11年前の動画ですが、かなり示唆に富む内容になっています。
財政破綻によって、夕張市は市立病院がなくなって、入院できるベッドも10分の1に減ったと言います。
しかも、森田先生がいた当時、すでに夕張市の高齢化率は45%まで上がっていました。
若い人が、どんどん札幌などの他の市町村に逃げ出してしまったため、こうなってしまったのです。
では、医療も破綻したのか?というと、そうではありませんでした。
これまでの過剰な治療を諦めたこと、訪問診療へとシフトしたことで、高齢者も必要な時以外は病院にかからなくなり、医療費も救急車の出勤回数も激減したというのです。
こちらの動画では、癌の宣告を受けた90代の女性を紹介していましたが、癌の治療はせずに、自宅で最後を遂げられたと言います。
日本はこれから医療崩壊が進むが、、、
これらの書籍や動画を見て思うのは、現在の医療システムが、金儲け優先の過剰サービスを許しているということであり、それを当たり前だと思って使うと、患者自身の体まで傷つけるということです。
しかも、今後は医療費がさらに上がっていく一方で、病院や介護施設はさらに不足するので、医療資源の奪い合いがさらに激しくなっていきます。

おそらく、今回の参政党のマニフェストに掲げられた安楽死や、延命治療の自己負担などの議論は、今後も活発に行われるようになるでしょう。
今までは普通に受けられてきた医療サービスが、受けられなくなってくるはずです。癌の手術をしたくても、半年待ちとか、そういう状況になっていくでしょう。
その時に、早く癌治療を受けたいのにと、気を揉むのか、癌だからしょうがないなと、楽になれるかで、その後の人生が全く変わってくるような気がします。
そのため、今後はおそらく、がんに対する知識武装もそうですが、がんだと分かったときに、その事実を受け入れられるぐらいに、それまでの人生を充実させてきたかが問われていくと思います。







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