この記事では、「トランプ氏が大統領になったら、基軸通貨はどうなるのか?」について、考察します。
なお、この同じ内容で動画も作成しています。
記事では、詳しいデータ出所や、グラフを載せていますので、じっくりと見たい方は、このまま読み進めてください。
それでは、参りましょう。
なぜ、このような、一見突拍子もないようなテーマを取り上げるのか?というと、トランプ氏が掲げている政策が、これまでのアメリカの政策と大きく異なるからです。
また、最近は中国やロシアが、欧米先進国以外の国々と手を結び、BRICKS新通貨、と呼ばれる新しい通貨も作ろうとしてますよね。
つまり、「脱ドル化」の動きが、世界的に進んでいるからです。
このような、世界の動きの中で、トランプ氏の政策が、基軸通貨であるアメリカドルにどのような影響を与えるのか?をきちんと押さえておくことは、わたしたち日本にも確実に影響が出てきますので、投資や仕事を考える上での参考になるはずです。
1、基軸通貨とは?そのメリットとデメリット
まず、そもそも、基軸通貨とはどう言う物なのか?について、整理しておきましょう。
基軸通貨とは、世界中で使われている通貨のことで、他の国の通貨の価値基準としても使われます。
例えば、日本円と米ドルの為替レートは、現在1ドル146円ぐらいですが、日本円をユーロに替えたい場合は、米ドルとユーロの為替レート(1ドル=0.90ユーロ)をもとに、計算ができるようになっています。
さらに、途上国などでは、現地通貨ではなく、ドルで取引することもあります。
わたしは2000年前後に、大学を休学して、キューバに旅行に行ったことがあるのですが、観光客向けのホテルやレストランは、だいたいがドルでの支払いでした。
海外の人から見ると、その国の通貨が欲しくなる理由は、その国のものやサービスが欲しいからです。
ですが、キューバのような、サトウキビぐらいしか輸出できるものがない国では、輸出で外貨が稼げないため、ものが不足してしまいがちです。
こういう国を旅行してみると、ドルのすごさがよくわかります。
ドルがあれば、
- 自分の国では作れない、テレビや冷蔵庫、スマホ、車などが買える
- ドル決済が必要な、小麦や原油、鉄鉱石などの資源が輸入できる
というように、生活を豊かにしてくれるものが手に入るのです。そのため、多くの国が、ドルでの取引を喜んで受け入れているわけですね。
このように、基軸通貨は、
- 世界中の通貨との交換レートを持っている
- 世界中で使える、世界中のものを買うことができる
というメリットがあるため、みんながドルを利用しているわけです。
米ドルのデメリット
このように、日本を含めた、世界各国から見れば、米ドルという基軸通貨があることで、世界中のものを買ったり、投資をしたり、旅行もしやすくなったりと、メリットが多いものではありますが、一方で、デメリットもあります。
それは、大きくは2つあります。
①アメリカに虐められたら終わり
1つ目は、アメリカにいじめられたら終わり、ということです。
最近だと、ウクライナと戦争しているロシアですね。
ロシアは、これによって、SWIFTという米ドルでの決済システムから排除されたことで、米ドルを使っての貿易ができなくなりました。
そのため、ロシアは、中国や他の国と、米ドルを使わないで、互いの通貨での貿易を行うようになっています。
このように、基軸通貨が1つだけの世界は、クラスが1つしかない田舎の学校のようなもので、いじめっ子に目をつけられたら、逃げ場がありません。
ロシア以外にも、北朝鮮やイラン、シリア、キューバ、ベネズエラなどが、現在も経済制裁を受けています。
②アメリカの産業(製造業)が犠牲に
2つ目が、アメリカの産業が壊れる、ということです。
世界中の国がドルを使うと言うことは、世界中の国が、ドルを求めて、アメリカにものやサービスを売り込もうとすることになります。
資源のない日本では、海外から石油や天然ガス、鉄鉱石を輸入しなければ、経済が成り立ちませんから、必死になって、アメリカにモノを売っていますよね。例えば、車なんかがそうです。
1980年代のアメリカでは、安い日本車がどんどん入ってくるため、アメリカ国内の雇用が減り、外交問題にまで発展しました。日本車が、ハンマーで叩き壊されることもあったようです。
アメリカの消費者にとっては、安い車が手に入るのでメリットではありますが、一方で、働いていた人にとっては、地獄のような状況だったわけです。
実際、アメリカの貿易収支を見てみると、1980年代に、貿易赤字が急拡大しています。海外に輸出するよりも、輸入する方が多いため、ドルが世界中に流出していたんですね。
これほど、ドルが海外に流出すると言うことは、アメリカ国内で作っていた商品が、負けていたことになりますから、工場は閉鎖され、失業するアメリカ人も多かったと考えられます。
では、逆にどんな分野で成長していたのかと言うと、それは、情報通信や金融、保険、不動産です。
(参考:米国商務省 統計分析局「産業別GDP table14」)
1980年代に、アメリカの製造業が負け続けていたのと反比例して、金融業が発展しました。
昔、学校の教科書で、アメリカは1980年代に「双子の赤字」に悩まされた、みたいなことを聞いた覚えがあると思います。これは、財政赤字と貿易赤字のことを指すのですが、財政赤字が増えたと言うことは、国債の発行が増えたと言うことです。
日本も含めた、諸外国がアメリカに商品を輸出して、ドルを獲得して行ったわけですが、稼いだお金を全て使ったわけではなく、ドルのまま持っておきたい企業も増えました。
そういう資金の受け皿になったのが、アメリカの国債なわけです。
そのため、金融機関の存在感が高まり、GDPに占める割合もどんどん上がっていき、1990年後半には、株式市場も盛り上がっていき、現在に至ります。
また、情報通信産業も、インターネット技術が発展していった90年代から、どんどん成長し、現在のビッグテックにまで至っています。
これらの産業に従事する人は、アメリカの就業者の1割にもなりません。金融保険、不動産業で約5%、IT、情報通信産業でも、約3%にしか満たないのです。
このように、基軸通貨として、ドルをどんどん世界にばら撒いた結果、人手をあまり必要としない産業だけが発展してしまい、その他大勢の人々が、低い給料で我慢したり、失業状態になってしまっているわけです。
実際、アメリカの所得階層別の資産の状況を見ると、下位50%の人の資産は、この30年間で、ほとんど増えていません。
(参考:米国議会予算局「1989年から2019年までの家族資産の分配の傾向」)
逆に上位10%の資産は、3倍近く増えています。
これほど格差が広がった理由は、株式市場が上がり続けたことで、株式を持っている投資家や資産家、企業家、成長企業のサラリーマンの資産が増え、それ以外の人たちは置いていかれた結果だと考えられます。
このように、基軸通貨は、その人がどの国、どの産業、どの地域にいるかによって、メリットになることもあれば、デメリットにもなってしまうんですね。
2、トランプ氏の政策は、基軸通貨の機能を制限する
なぜ、ここまで面倒くさい説明をしたかと言うと、トランプ氏の政策は、この基軸通貨政策で、酷い目に遭っている人を救うことを目的としているからです。
【トランプ氏とバイデン現政権の政策の比較】
例えば、トランプ氏は今回の公約として、海外の国に対して、一律10%の関税、特に中国に対しては、60~100%の関税をかけると主張しています。
また、アメリカの製造業を復活させるために、アメリカ国内に工場を作らせるように促すそうです。
つまり、これまでアメリカの製造業を犠牲にしてきて、ドルを世界中にばらまいてきた、これまでの基軸通貨としての流れを変えようとしているのです。
では、具体的に、どのような変化するのでしょうか?
ポイントは3つあると考えます。
(1)米ドルのシェア低下
1つ目は、「諸外国のドルを稼ぐハードルが上がるため、米ドルのシェアが下がる」という方向性です。
トランプ氏は、アメリカの製造業の復活を掲げて、高関税、低税率で、国内に産業を呼び込もうとしています。
これがうまくいけば、海外からの輸入に頼らず、多くの物をアメリカで生産できるようになりますから、海外からの輸入が減ります。
これは、他の国にとっては、十分なドルを稼ぐチャンスが減ることを意味しますので、他の方法を探すことになります。
例えば、最近は、中国との二国間貿易において、人民元の取引シェアが米ドルを超えたと報道されています。
SWIFTという米ドルで決済するシステムから追い出されたロシアが、中国との貿易で人民元決済を利用していることの影響が大きいようです。
また、米ドルを介さないBRICKS新通貨の構想も進められていますので、この新通貨が生まれれば、さらに米ドルを利用しないで決済する国が増えていくでしょう。
トランプ氏の、海外に対する高関税政策は、輸出でドルを稼ぐ機会を減らしますので、このような新興国の米ドル離れをさらに加速させる可能性があります。
(2)日本などの、アメリカ以外の国の産業空洞化が進む
そして、2つ目は、「アメリカに海外企業の工場が作られ、自国の産業の空洞化が起こる」という方向性です。
これまでのアメリカは、基軸通貨国として、海外企業の商品を輸入して、アメリカ国内の産業の空洞化が起こっていましたので、その逆の現象が起こると言うことになります。
日本を例にとると、日本の工場からアメリカに輸出することは難しくなるので、現地に工場を作って稼ぐ、ということになります。
そのため、アメリカ一辺倒の企業が多い国では、自国の産業の空洞化が起こってしまうため、アメリカ以外の販路を開拓していく必要があるでしょう。
現在、中国やロシア、中東、アフリカ諸国を中心に、二国間の貿易が行われていますが、日本もこのような外交によって、輸出先を開拓しなければ、ジリ貧になっていくと考えられます。
(3)FRBによる量的緩和の再開→ドルの価値低下
3つ目が、FRBによる量的緩和の再開です。
特に日本についてそうなんですが、現在の円安は、トランプ氏にとって我慢のならない状況のようです。4月に自民党の麻生副総裁とNYで会談されていますが、その時の話題も、この円安でした。
この円安をなんとかするには、円買いドル売り、つまり現在日本の財務省がもっている100兆円以上の米国債を売却して、ドルから円に交換する必要があります。
しかし、そうすると、大量の米国債の売却が発生するため、金利が上昇する可能性があります。
トランプ氏は、国内の産業を復活させるために、ドル安と低金利政策を進める必要がありますから、金利を下げるために、日本がやっているような量的緩和政策を行うように、FRBに圧力をかけるでしょう。
結論
というわけで、結論です。
米ドルという基軸通貨は、
- 世界中の国に米ドルを使ってもらうために、自国の産業、特に製造業を負けさせ、経常赤字にする必要があった
- その結果、多くのアメリカ人が、工場閉鎖、失業などに巻き込まれ、金融や通信などの、それほど雇用を生まない産業だけが成長していった
- トランプ氏の政策は、この流れを逆回転させるものであり、高関税で国内の産業を復活させようとしている
- この政策を行われると、アメリカに輸出してドルを稼げる国が減る。そのため、人民元を使ったり、欲しい資源や工業製品を持っている国との二国間取引が増えるので、米ドルの基軸通貨としての存在感が下がる
- また、アメリカ国内に工場を作って商売できる海外の企業は、自国の雇用を減らして、アメリカで稼ぐようになる。日本でも米国向けの輸出工場は減っていくだろう
- ドル安、低金利政策で、自国の産業を復活させようとするため、FRBによる量的緩和政策を行うように圧力をかける。これもまた、ドルに対する信用を下げることになる
- 基軸通貨を維持するために、米国債を各国に保有してもらってきたが、ドル安政策を進めるために、他国の米国債の売却を容認し、FRBによる量的緩和政策で引き受けさせるようになる。
- そのため、急激な円高ドル安が進むだろう
と言えます。
すでに、中国やロシアなどの、アメリカとあまり仲が良くない国では、米ドルを使わないで、自国通貨での貿易を増やしていますが、トランプ氏が大統領になった場合には、この流れがさらに進むと考えられます。
日本の立ち位置は、いずれにしても厳しくなる
気になるのは、日本の立ち位置ですよね。
アメリカが、中国との貿易をかなり減らすからと言って、日本に頼る割合が増えると言う、単純な話ではないと思われます。
というのも、アメリカがやりたいことは、中国を敵に回したいのではなく、アメリカ国内の産業を復活させたいのですから。
日本はパートナーとしての協力を求められるとしても、それは「アメリカに工場を作って、アメリカ人を雇ってくれ」ということとセットになるはずです。
日本国内の雇用が増えるわけではなく、儲かるのは輸出企業だけ、という状況は、さらに進むでしょう。
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